「はつらつとした高齢俳優」の不自然さ
さらに日野原氏は番組で、「わたしはエレベーターは使いません。階段も二段飛ばしで上がります」と発言していました。そんな言葉を聞けば、「よし、ワシも負けておれん」とばかり、突然、階段を二段飛ばしにして転倒、骨折して寝たきりになったり、あるいは途中で心臓発作を起こして永眠ということになったりしかねません。
日野原氏の著書には、階段飛ばしについて、「急激な無理は禁物」と書いてありますが、テレビではそこは省略されます。視聴者の盛り上がりに水を差すからです。
昨今は高齢の女性俳優がテレビに出演して、その若さと美貌、元気はつらつなようすを、ごく控えめを装いながら堂々と披露しています。自然な人間の姿とはとても思えませんが、おそらく並外れた努力と巨額の投資が裏にあるのでしょう。もちろんそんな秘訣が明かされることはなく、明かされるとしてもごく当たり障りのないもので、ほんとうに効果のあるものは秘されてしまいます。
そんな元気な高齢女性俳優も、カメラがオフになれば「フーッ」と息を吐き、シャンと伸びていた背中もくにゃっと曲がるのではないでしょうか。家に帰ればさらに緊張は緩み、年齢相応の老化現象が露出するはずです。しかし、視聴者はそこまで想像しません。ふだんの生活も若々しく美しいのだろうと思います。
元気な理由は努力よりも遺伝の影響が大きい
それで困るのは、未だ老いの手前にいる中年世代の人たちが、老いの厳しさに対する心の準備をおろそかにしてしまうことです。80歳をすぎてもあんなふうにいられるのか、90歳に近づいてもあんなに元気でいられるんだと、楽観的になって安心してしまいます。
スーパー元気高齢者が元気でいられるのは、投資もあるでしょうが、基本的には持って生まれた体質のおかげでしょう。もともと長寿の体質でなければ、何をやっても効果は得られません。もともとの体質(すなわち遺伝子)は変えられませんから、快適な老いを実現するには、自分の体質の中で満足を得ていく以外にありません。
ところが、スーパー元気高齢者の活躍を見せられると、自分もそうなりたい、なれればいいな、なれるのではないか、きっとなれるだろうと思う人が増え、そうなれない場合、不満と失望を抱え込んでしまうのです。
私が老人デイケアのクリニックにいたとき、身体が弱って不自由になったことを嘆く人は多かったですが、あまり不愉快そうでもない人もいました。そういう人は、「年いったらこんなもん」と、現状を受け入れていました。老いの現実を正しく認識し、高望みをせず、身の丈に合った状況で満足するすべを、身につけている人なのでしょう。
それはある種の智恵にほかなりません。