「設計から始まって研磨、組み立て技術など、レンズは数値化できないアナログの固まり」
と樋口は強調し、こう続けた。
「レンズにはたくさんの工程があり、それぞれが全然違った技術で、それらを網羅できる人はほとんどいません。レンズの場合、それだけハードルが高く、新たに参入するといっても難しいと思います」
「サムスン電子など韓国勢も本格参入は難しいか」と聞くと、樋口はこう答えた。
「将来のことは明言できませんが、レンズ技術の習得にはものすごい時間がかかりますし、巨額の設備投資をすればできるという代物ではないんです」
レンズ工場を見学し、樋口の説明を聞きながら、レンズの世界は、デジタル化の波にしぶとく生き残るスイスの高級時計に似ていると思った。日本が生き残る道がここにあるのかもしれない、と。
写真フィルム市場の激変により、それでも生き残った富士フイルムと倒産したコダックは見事に明暗が分かれた。医療、医薬品、偏光板保護フィルム、デジカメと、富士フイルムは、自社の持つ高品質な「フィルム」技術の強みを“横展開”と“深掘り”することで、安易にデジタル化され、コモディティ化されることを防いできた。そして「レンズ」の例に見られるように、アナログの技術を徹底的に磨くことで生き残りを図る。現代のように、イノベーションのスピードが格段に速いデジタル革命の渦中で、繰り返し訪れる「黄昏」に古森-中嶋コンビは必死に立ち向かおうとしている。(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時
(宇佐美雅浩=撮影)