ミラーレス市場参入の裏に“レンズ”あり

ミネルバのふくろうの彫像が、鋭い眼光で四囲を見渡す先進研究所。ここでは、写真フィルムをコアにしたさまざまな研究開発が進められているが、ディスプレイに使われるタッチパネル用のフィルムは、次なるイノベーションとして興味をそそられる。

富士フイルム 取締役常務執行役員 
電子映像兼光学デバイス事業部長 
樋口 武 

「透明導電性フィルム」と名づけられたこの素材は、透明なフィルムの上に銀を格子状につくり込んでいく。この銀が電気を通すことにより、人が指を触れた瞬間にその位置を確認できるようにしたもので、従来のITOと呼ばれるセラミックス製のタッチパネルより、早い応答性や大画面へ応用できる点で優れている。

R&D統括本部の浅見正弘執行役員・先端コア技術研究所長は、この透明導電性フィルムが現在サンプル出荷中であると前置きして、「数ミクロンの精密なパターンをつくり込む技術は、写真フィルムを本業にしてきた我々にしかできません。今はスマートフォン用の小型タッチパネルが中心ですが、やがてノートパソコンやモニターなど、もっと大型のものにも使えるようになり、新たな市場開拓の武器になると思います」と、新商品の発表に強い期待を示した。

コンパクト型、一眼レフ、ミラーレスと、各社の主力製品が登場し、激しいシェア競いが展開されているデジタルカメラ市場。もともとコンパクトデジカメで先陣を切っていた富士フイルムだが、今や一眼レフを素通りして12年2月にミラーレスを発売し、熾烈な戦場に加わった。

ミラーレスは、デジタル一眼レフからファインダーに光を送る反射鏡(ミラー)などの光学部品を省いたもので、パナソニックが08年に世界で初めて新製品を投入して以来、カメラ大手ニコンの参入などもあって一気に市場を拡大してきた。今、国内市場でレンズ交換式カメラの販売台数に占める割合は5割に迫る勢いだ。

デジタルカメラの高級路線にシフトした富士フイルムは、2種類の高級コンパクト機を相次いで発売し、ラインアップを拡充してきた。その最上位機として2月に投入したのがミラーレスの「X-Pro1」で、売れ行きを伸ばしている。

「古森社長(当時)から一眼レフに負けない高級カメラをつくるよう指示があった」

先進研究所に置かれている「ふくろう」と「ミネルバ」像。

と明かす樋口武取締役常務執行役員・電子映像事業部長兼光学デバイス事業部長は、ミラーレス参入の真の狙いを次のように語る。

「最近はセンサー(CMOS)の画素数が増えてきていますから、よりレンズの性能で画質が決まる傾向が強くなっている。レンズ設計の立場からいえば、同じサイズだったらミラーレスのほうが絶対に性能は良くなります。しかも、小型軽量で持ち運びが便利になるので、一眼レフに比べて性能的に勝るミラーレスで勝負しようという方針を決めたわけです」

「レンズで性能を上げよう」を合言葉に、高級機はミラーレス一本に絞った形だが、一眼レフへの対抗策として、レンズの性能向上だけでなく、交換レンズの本数を増やしていく必要がある。当初3本の交換レンズを12年秋に2本、13年春には5本追加し、計10本にする計画だ。

12年7月、ついにデジカメ世界最大手のキヤノンが、ミラーレスへの参入を正式に表明した。業界トップの参入で市場はどう動くのか。「ミラーレスを無視できなくなったという証拠で、むしろ歓迎ですよ」(松本雅岳電子映像事業部次長)と静観の構えだが、当分、市場争いの行方から目が離せそうにない。