思い出の場所はむしろ、老いの危険を呼び込む

反時計まわりの実験結果から導かれた「自身が老いたことを意識しないために、年齢を感じさせる事象は排除するほうがいい」という考え方は、うなずけます。

でも、だからといって、この実験室のように、20年前に戻ったかのような環境で生活することも、鏡など姿が映るものをいっさい周りから排除することも、現実には不可能でしょう。

さらに、実験のように周囲の人間もそれに合わせてくれたらいいのですが、そんなことは絶対ありません。

また、中途半端に昔懐かしいものに触れれば、つい、「あのころはよかった」というノスタルジックな感覚に陥りがちです。そんな感傷的な気持ちは、自分が老いたことをより痛切に意識させる危険性があります。

過去を強く想起すれば、同時に、現在の自分や自分をとりまく世界が大きく変化してしまったこともまた、意識してしまうものです。普段、そんな変化を意識していなかった人ほど、老いを一気に感じてしまうこともあるでしょう。

外を見ている老人
写真=iStock.com/PonyWang
※写真はイメージです

現実社会ではこうしたリスクがあるので、ハーバードの実験で用いたような環境に変えるべきではない、というのが私の考えです。

あなたの中にも必ずある“若返る力”を目覚めさせるコツ

心身を若返らせるために、ことさら実験のような装置など不要! と私が断言するもう一つの理由は、人間には、意識さえ変わればいくらでも若返る力が備わっているからです。しかし、逆のことも起こり得ます。

出版社の編集者に聞いた話が、いい例なのでご紹介しましょう。

見た目は40代くらいで若々しく、これまでずっと若者に向けた本ばかりを書いていた作家が、そろそろ新規路線の開拓をしようということで、高齢者向けの本の執筆をはじめたそうです。

数カ月後、完成原稿を受けとるために久しぶりにお会いしたら、あの若々しかった作家が一気に老け込んで、すっかり後期高齢者のような見た目になってしまっていたので、編集者はびっくり仰天したそうです。

その作家は、高齢者向けのテーマに真摯しんしに向き合い、高齢者について四六時中考えているうちに、自分の年齢を強く自覚し、「老い」をしみじみと意識してしまったのでしょう。――しかし、その結果、完成した原稿は素晴らしい内容になっていました。

要は、わざわざ周囲の環境を変えなくても、自分が思い込んだ年齢のとおり、心身の年齢は変われるということです。