天皇・皇后が催す秋の園遊会では、「ジンギスカン鍋」が恒例メニューとなっている。ノンフィクション作家の中原一歩さんは「総理大臣や各国大使、各界の著名人などは、絢爛豪華な晴れ着をまとったまま、羊の焼肉の煙に包まれる。そこには皇室と羊料理の歴史が関係している」という――。

※本稿は、中原一歩『寄せ場のグルメ』(潮出版社)の一部を再編集したものです。

秋の園遊会ではジンギスカン鍋が振る舞われる

園遊会とは春と秋の年2回。東京・赤坂の赤坂御苑で催される天皇・皇后主催の特別な「宴」である。

招待されるのは総理大臣や日本に駐在する各国大使、各界で活躍する著名人など「選ばれし者」だ。そこで振る舞われる料理の数々は、天皇家の料理番と名高い宮内庁大膳課が取り仕切る。

ある日、この園遊会に出席したという知人から、こんな話を聞いたのだった。

「園遊会というから寿司や天ぷらなど和食が出てくると思ったんですけど、秋の園遊会では毎年、ジンギスカンが振る舞われるんですよ。使用されるのは鍋の中央部分が兜のように盛り上がった独特の形をしたジンギスカン鍋。大膳課の料理人がその場で焼いたものを小皿で提供するんです。出席者は絢爛けんらん豪華な晴れ着をまとったまま、羊の焼肉の煙に包まれるんです。なんだか笑えちゃって」

西のホルモン、東のジンギスカン

私はジンギスカンと聞いてハッとした。

天皇家と寄せ場の関係はともかく、「労働者の食いもん」という文脈では、ジンギスカンと寄せ場は、ひとつの線でつながる。

「西のホルモン、東のジンギスカン」。私は勝手にそう呼んでいる。

西のホルモン、東のジンギスカン(※写真はイメージです)
写真=iStock.com/GI15702993
西のホルモン、東のジンギスカン(※写真はイメージです)

そもそも、干支のひとつとして知られる羊(未)は、日本最古の歴史書『古事記』に登場する。

そう書くと、日本人にとって羊は歴史的にも馴染み深い動物のように思えるが、専門家に言わせれば干支に描かれた羊は実は「山羊やぎ」なのだ。

羊と山羊は生物学上同じ種属で、そもそも見分けがつきにくい。干支は陰陽五行説に由来し、中国から伝来したものだが、中国で描かれている羊がそもそも山羊。

つまり、中国人も、日本人も羊と山羊を勘違いしていたことになる。