風邪に「抗生剤」は有害無益
最近はさすがに減ったが、「抗生剤を処方してください」という患者家族もいる。数年前の調査(東北大学・2014年)だが、日本国民の約半数が「風邪に抗生剤は無効」と知っているそうだ。逆に言えば、半数は知らないということだ。この責任は医師にある。成人の内科医や、耳鼻科医は、子どもの風邪に対して平気で抗生剤を処方する。風邪に抗生剤は無効であり、害である。2016年の伊勢志摩サミットでも、抗生剤乱用による耐性菌の増加を抑えるための首脳宣言が出された。厚労省のホームページにも、「抗微生物薬適正使用の手引き」というものが公開されている。専門的な内容で、量もかなりあるが、厚労省は医師のみでなく患者にも読んでほしいと言っている。
正直に告白すると、本当に恥ずかしいことだが、ぼくは一度だけ患者家族から「抗生剤を出してください」と言われて風邪の子に処方したことがある。その子は小学校高学年でこれまで風邪のたびに抗生剤を他のクリニックで出され続けていたため、親は抗生剤を飲むのが常識と思っていたのである。
押し問答になってもしょうがないと思って、いやそれもあるが、あまりにもクリニックが混雑していたので、ぼくには抗生剤の害を説明する気力がなかった。
ちゃんと丁寧に説明すれば、家族は分かってくれる
ところが3カ月後にその患者家族が風邪で再びうちを受診した。ぼくは患者に誠実にならなければならないと思い直し、時間をかけて、風邪に抗生剤を飲んではいけないこと、この前は抗生剤を処方したことを謝罪した。ぼくはてっきり親から「この子には抗生剤が効くんです!」と反論を受けると思っていたが、意外な反応が返ってきた。
「そうなんですか。抗生剤を飲むと、体内に耐性菌というのが増えて将来怖いことになるんですね。知りませんでした。この子、この先どうなってしまうんでしょう?」
「……」
「今までの先生はそんな説明はなく、いつも抗生剤を飲んでいました」
「今からでも遅くありませんよ。これを機会に抗生剤はやめましょう。ちゃんと風邪は治りますよ」
この一件によって、自分の医師としての未熟さを思い知らされることとなった。ちゃんと丁寧に説明すれば、家族は分かってくれるのだ。それを「抗生剤を出さない」と言えば、家族と一悶着になると思い込んで安易に抗生剤を処方してしまった。たった1回の処方かもしれないが、一事が万事である。