医学界で自閉症は「研究し甲斐のある」疾患とみなされてきた

自閉症は、しばしば「強度行動障害」を示すことがあり、他の児童期の精神疾患と比較しても重症で治療や対応が難しい疾患です。

強度行動障害とは、自分の体を叩いたり、食べられないものを口に入れたり、壁をドンドン叩いて壊したり、他人を叩いたり、大泣きが何時間も続いたり、急に道路に飛び出したり……といった行動を指しています。このような、本人の健康を損ねる行動、周囲の人の生活に影響を及ぼす問題行動が高頻度で起こるため、特別に配慮した支援が必要となります。たとえば、私の診てきたある患者さんの中には「信号機を見ると、それに向かって必ず石を投げる」という行動特性を持つ方がいました。

自閉症は、精神疾患の中でもっとも治療が困難なものの一つですが、鎮静化させる薬はあっても治療薬は存在していません。精神科に長期入院するケースもまれではありません。そのため、日本の児童精神科や小児科においては、自閉症、特に知的障害を伴うケースを診療の中心に位置づけてきました。さらに教育界においても、自閉症の治療教育について、さまざまな研究が行われてきました。

世界的にも、自閉症および自閉症と関連が深い症状については、強い関心が持たれてきました。端的に言えば、自閉症は謎が多く、研究し甲斐のある疾患とみなされてきたのです。

また、自閉症の人には「サヴァン症候群」が多く見られるという点でも注目を集めてきました。

「何年何月何日は何曜日なのかすぐに言える」「一度聞いただけの曲なのに最初から最後まで間違えずに弾ける」「航空写真を一瞬見ただけで絵に描ける」など、計算、音楽、美術などに関する驚異的な記憶力・再現力を認めることがあり、「これはいったいどのような能力なのか? この人たちの内面で何が起こっているのか?」とその脳内システムについての研究が進められてきたのです。

それぞれの疾患に明確な境界線は存在しない

それぞれの疾患について明確な境界線が存在するわけありません。

ASD、ADHD、LD(読字障害、書字障害、算数障害)、トゥレット症候群、サヴァン症候群といった区分は、現在の知識における区分に過ぎません。複数の疾患の特徴を持つ例も多く、併存と考えればいいのか、見かけ上類似していると見るべきなのか迷うことも珍しくありません。

個別の疾患それぞれにおいても、症状にはかなりの濃淡が存在しています。同様の特徴を持っていても、普通の社会生活が可能なケースから、長期に引きこもりを続けているケースまでさまざまです。米国精神医学会のDSM改訂の際に、「PDD(広汎性発達障害)」と呼ばれていたカテゴリーが「ASD(自閉症スペクトラム障害)」と変更されたのは、「症状と症状の間に明確な境界線は引けない」という考え方に基づいていると記載されています。