では万能の戦略なのか、というと、そうとはいえないところに、現実の難しさはある。

90年代後半、ある電機メーカーが、「選択と集中」を決意、自社を2つのジャンルに特化させる決断を下す。いずれも、自社の強みが活かせ、将来性が高く――実際、その後急成長したジャンルだった。

ところが数年もせずに、そのメーカーは赤字に転落してしまう。その理由は、『孫子』の前提と、ビジネスの前提との違いを考えればわかるものだった。

まず、個人や戦争の場合、実際に戦う敵はあくまで1者、切り刻んでしまえば確実に小さくなる相手だった。

ところがビジネスでは、あるジャンルが儲かりそうだとわかれば、数多くのライバルが参入してきてしまう。しかも、その中には自社より圧倒的に強大な相手が含まれている場合もあるのだ。

これでは、いくら集中しても、ライバル多数の混戦状態や、圧倒的に巨大な企業が参入する中で、利幅も勝ち目も薄くなってしまう。

つまり、戦略とは、どんなに素晴らしい考え方でも使うべき状況、使うべきでない状況があるわけだ。もし戦略が状況と合わなければ、逆に失敗の元凶にもなってしまう。

もちろん、これは当たり前といえば当たり前の話だ。しかし、不思議なことにビジネスの世界では、往々にして、「有名な経済誌が特集していた」「一流の先生がお墨付きを与えていた」「他社や他人は、これで大成功を収めたらしい」といった情報に流され、戦略を決めてしまう場合がある。

自分の状況に合った戦略とは何かを、徹底的に考えることが、まず成功するための第1歩となるのだ。