『孫子』の中で、最も多くの人に知られている言葉は、次の一節だろう――、

・彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず(「謀攻篇」)

戦いにおける情報の重要性を指摘した、不滅の名言にほかならない。さらに『孫子』には、次のような指摘もある。

・気候やタイミングと、戦いの地形を知るならば、常に勝利はものにできる
(天を知り、地を知れば、すなわち勝、窮まらず「地形篇」)

こちらは物事を起こすタイミングとインフラを知れ、という教えであり、古代から現代に至るまで、情報こそ、戦いの死命を制する鍵になってきたのだ。

こうした観点は現代の情報化社会を生きる我々にとって、ある意味で当たり前のものかもしれない。

しかし、古今東西の名勝負師や、ずば抜けたビジネスマンたちの足跡をたずねてみると、「彼を知り、己を知る」「天を知り、地を知る」という行為を、人並みはずれて実践している姿が浮かび上がってくるのだ。

たとえば、営業マンの情報武装について、こんな指摘がある。

 《当社の営業職員で、20数年に亘って全国一の業績をあげているS職員がいます。この人は、営業開始前の準備に、特に意を払っています。取引先の経歴、家族状況、縁者、趣味、秘書、守衛、競争相手の動きなど幅広く知って、行動の万全を期します。その上で、訪問の前夜、セールスの進め方、話法を紙に書いて練習をします。これを実に、30年に亘って続けているのです》(『管理者の「孫子」』上山保彦、非売品)

いわゆるトップセールスマンの書いた本を読むと、似たような内容を目にすることが多い。相手を知り尽くすことが、営業では何よりの力となるのだ。