「何をまねすべきか」を慎重に判断する

だがときには、模倣によって惑わされることもある。このことは、人間の幼児と、最も人間に近い類人猿ボノボとの比較研究でも示されている。

実験者が部屋の中で箱を持って立っているところを想像してほしい。そこにボノボが長い手を地面につけて、目を光らせながら入ってくる。

実験者はまず、おやつが中に入った箱をボノボに見せる。そして、手や腕でおかしな動きをしてから、箱を開けてボノボにおやつを渡す。そしてもう一度、空中に丸を書いたり線を引いたりといった、意味のない激しいジェスチャーをする。ボノボは立ったまま興味津々で実験者を見つめ、おやつをもらうのをじっと待っている。

次に、人間の4歳児のマイケルに同じことをする。同じ実験者が同じ箱を持ち、中に入ったおやつをマイケルに見せる。そしてボノボに見せたのと同じ、空中に丸や線を書くジェスチャーをしてから、おやつを渡す。実験者はジェスチャーを何度もくり返し、マイケルはそれを見つめ、そのたびにおやつをもらう。

その後、実験者は箱を置いて部屋を出て行く。マイケルが部屋に戻され、箱を見る。中におやつは入っているだろうか? マイケルは箱に近づくと、実験者が前にやったジェスチャーを真似して空中に丸や線を書き、それから箱を開けておやつを取り出した。

次に実験者は、箱が真ん中に置かれた空の部屋にボノボを戻す。ボノボは箱に近づき、さっさと箱を開け、おやつを取り出して食べた。

人間の幼児のマイケルは、おやつを得るために不要なジェスチャーを模倣した。ボノボはそれをしなかった。だからといって、ボノボが人間の幼児よりも賢いというわけではない。人間はときに模倣しすぎてしまうということだ。

模倣する必要のない要素もある。ただ箱を開ければいい。

大量のコピーと書かれた紙の真ん中にあるオリジナルと書かれた紙
写真=iStock.com/tolgart
※写真はイメージです

ピカソはアフリカ美術から「角張った顔」だけを取り入れた

これまで取り上げた事例に戻って、イノベーターたちが模倣しなかった要素を見てみよう。たとえばバター攪拌かくはん機には、長い木の棒がついていた。ナンシー・ジョンソンはその要素を取り入れなかった。食肉処理場の作業員は白衣を着ていたが、ヘンリー・フォードはそれを模倣しなかった。ピカソは彫刻家にはならず、アフリカ美術から角張った顔だけを取り入れた。イノベーションの歴史は、そうした例にあふれている。