60歳からの家を両親に建てさせておく
60歳からの平屋にはもう1つ、興味深い事例がある。
こちらは40代の女性、都内の戸建てにご主人と息子さんの3人で暮らす奥さまである。
彼女のお父さんは80代、数年前から認知症を患っている。お母さんは70代、リウマチを発症していて何年も前から足が悪い。そんな両親が住む築40年の2階建てを、介護サービスを受け入れやすい平屋に建て替えてもらえないだろうか。それが彼女から湯山さんへの依頼だった。
これだけ聞くと、親思いの娘による心温まる建て替えエピソードのようである。だが湯山さんは、この建て替えの裏にあったもう1つの計画を知らされたとき、彼女の用意周到な人生設計に心底感心したという。
彼女のもう1つの計画とは、両親が住む予定の平屋に、ゆくゆくは自分たち夫婦も移り住もうというものだった。
いま住んでいる都内の戸建ては息子に譲り、自分たち夫婦は空いた平屋で老後を迎える。しかも平屋への建て替え費用は、建て替えを依頼した彼女ではなく、両親の財布から全額出すことがすでに決まっていた。
『60歳で家を建てる』ではなく、「60歳からの家を両親に建てさせておく」。彼女はそうやって終の住処を確保していた。
30歳までは「実家&ひとり暮らし」、60歳までは「夫婦で建てた戸建てで主に子育て」、60歳以降は「両親が建て替えた平屋で長い老後を楽しむ」。人生100年時代を見据えた、じつにシンプルで明解なライフプランといえる。
家は人生をもっと楽しむために建てるもの
家を建てるという行為は、「一生に一度の大きな買い物」といわれる。だから工務店もハウスメーカーも、「良い材料を使って長持ちする良い家を建てましょう」と施主を力強く後押しする。住宅の質的向上と販売価格の向上をともに目指すのである。
しかしこれからの時代は、60歳前後で再び大きな決断を迫られる。リフォームをするのか、マンションに住み替えるのか、まるごと建て替えるのか――いずれにしろ、「大きな買い物」という意味では一生に一度が二度になる。寿命が延びれば延びるほど、買い物の回数も増えるものだ。
このとき、考えられるシナリオは2つある。
1つは、30代あたりで建てる家の耐久性と可変性を高め、死ぬまでその家で暮らせる用意をしておくことだ。良い材料を使って良い家を建てるという従来の方針をさらに強化するかたちである。住宅会社のほぼすべてがこの方向で動いていて、人生100年時代のマーケティングはすでに相当の熱を帯びている。
もう1つはこの反対、最初から住宅にお金をかけすぎないという選択だ。30代あたりで建てる家をできるだけ安くつくれば、経済的な余力が残る。
リフォーム、住み替え、建て替え。どれを選ぶにせよ、経済的な余裕があれば60歳前後の段階で最適な判断を下せる可能性も高まるだろう。