この13年は「ポスト池田時代」への準備時間

だが、自公政権が成立したのち、池田氏は体力の衰えが目立ち、2010年の訪米のあとは、公衆の面前に出てこなくなり、ときおり写真や声明が発表されるだけになった。

影武者という突飛な噂も流れた一方、佐藤優氏のように、自分がいなくても組織が動くよう、死後へ向けて戦略を練り、教えや価値観をテキスト化し、組織のシステムを整えるために「意図的に姿を見せなかった」と見る人もいる。

いずれにしろ、創価学会がこの13年間に、教義の微修正などして、ポスト池田時代に軟着陸できるよう時間を有効に使ったことは間違いない。

これまでやや消極的だったSNSでも、池田氏の死去が発表された11月18日の創立記念日に創価学会広報室のX(旧Twitter)が開設された。また、池田氏の創価学会葬が営まれた11月23日、公明党の山口那津男代表は葬儀に出席せずに訪中して政教分離を印象づけた。

会員が喪に服して悲しむのでなく、希望を持って新しい時代のスタートを切る方向に誘導しているようだ。さしあたり次期総選挙は池田氏の弔い合戦として戦うのだろう。

勢力衰退を食い止めるには、攻めの姿勢が必要

近年、「ポスト池田時代」を円滑に迎えたいということか、摩擦回避路線がやや目立っているような気がする。しかし、これからは攻めの姿勢も必要になってくるだろう。

国内政局では、自民党の保守派は安倍晋三元首相の死後、安直に自公連立の解消を言い出している。また、別の機会に分析したいが、安倍氏が「小選挙区での自民票の約2割が創価学会票だ」と回顧録で語っていたほど会員票の存在感は大きく、自公連立をやめたら、自民党は恒常的には政権を維持できないだろうし、憲法改正の国民投票で勝てる可能性はほぼなくなる。

一方、ほかの宗教ほどではないが、創価学会の会員数と公明党への投票が漸減傾向なのも確かだ。伝統仏教で平和運動を展開したい僧侶などが共産党などに流れがちであるのを、受け皿をつくり吸収する工夫をすべきだろう。