「もう入籍はしなくていい」

ついに彼は、「おふくろの言う通りに何度も延期してるんだから、もう延期しないよ」と言った。すると母親は、「何なのよ! 延期してればそのうち別れると思ってたのに!」と逆上。その言葉に彼は愕然とした。

「ただただ延期させて別れるのを待つためだけのゴネに対して、彼は母親に対して誠実に説得を試み続けてきたのですから……。彼は、『これまでの俺の努力や時間は何だったんだ?』という憤りと、自分の母親がそんな低レベルの作戦を遂行していたという事実に落胆し、もう母親と姉を無視して入籍を進めようということになりました」

2人は婚姻届を記入し、それぞれの友人に保証人になってもらい、「さあ提出に行こう」というタイミングで、またしても母親から電話がかかってきた。

「もう入籍することは分かった。他のことはもう何も言わないから、蘭子さんとお姉ちゃんの確執だけは何とかしてから入籍してほしいの。みんなの前で事実を明らかにして、蘭子さんが悪いなら蘭子さんが謝る。お姉ちゃんが悪いならお姉ちゃんが謝る。そうやって解決して、みんなが賛成した状態で入籍したほうが良くない?」

と提案された彼は、あろうことか片桐さんにこう言った。

「他のことは譲歩するからその1点だけって(母親が)言ってくれてるんだ。1つくらいは俺らも譲歩してもいいんじゃない? 和解のための話し合いに参加してから入籍しないか?」

「……バカなの? と思いました。今まで出された数々の条件をいくつのんできたか忘れたの、と。私はもう二度と彼の母親とも姉とも関わりたくなかったし、正直彼への不信感も大きくなっていたため、『もう入籍はしなくていい。その代わり、もうお義母さんやお義姉さんからの連絡も受けない』と言いました。別れたくなるまで付き合っていればいいと思ったのです」

右手で顔を覆っている女性
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毒母と判明

入籍をやめたことで、片桐さんたちには平和が訪れた。ある日彼が、「うちの母親は毒親だと思う」と言って『毒になる親』『毒になる姑』という本を買ってきた。

2人で読んでみると、彼の母親にあまりに当てはまったため、2人で笑ってしまった。

「“毒”なんだと認識したら、少し気持ちが楽になりました。彼は、仕事も友人関係も理知的で頼もしいのに、母親や姉からのツッコミどころ満載の提案には従ってしまうことに疑問を感じていましたが、さすが長年支配下に置かれているだけあるなと思いました」

片桐さんの実家に彼の母親が電話をしてきたときには、片桐さんの母親が、「2人ともいい大人ですから、入籍は2人に任せます」と言ったところ、「子どもが間違った道に進もうとしていたら正してやるのが親の務めでしょう!」と何の迷いもなく憤慨され、片桐さんの母親も絶句。

彼の母親から電話で、「入籍しないと約束しなさい」と詰め寄られたこともある。片桐さんが「彼と相談します」と答えると、「あの子と相談したら入籍するっていうに決まってるでしょ? あの子の意見は関係ないのよ! 相談する必要なんかないのよ! あなたが入籍しないと言えば済むことなのよ!」

と責め立てられた。さらに彼の姉からは、

「入籍する前にもっと母を説得しなさいってあの子に言いなさい。あの子が母を説得できたらあの子の意志だと思うけど、勝手に入籍したらあなたの差し金だと判断しますからね!」

という脅しのような電話を受けたこともあった。

「40過ぎの息子や弟を自分がコントロールできると思っている、しなければならないと思っていることにゾッとしましたし、彼自身の意志や考えをないがしろにしていることに呆れました」

2人で毒親について調べたり勉強したりしているうちに、彼は片桐さんを信頼できる同志と認識していったようだ。入籍を諦めてから半年ほど経った2015年の春。彼は突然、「入籍しよう」と言い出した。

「入籍しないほうが彼の母親や姉と関わらないで済む。そのほうが幸せ!」と思っていた片桐さんだが、言われた瞬間、涙が止まらなかった。

2人は42歳になっていた。