「抵抗」や「抗議」は80年代になると減少

とはいえ革命運動が潰れてからは、社会運動は全体として穏健になり、扱うテーマも「政府打倒」「反米」などではなくなっていった。中核派や革マル派などの一部の「過激派」を除けば、環境問題や女性の権利、障がい者対策などにテーマがシフトしていったのである。

法政大学の西城戸誠教授らによる研究『戦後東京における社会運動の変容:イッシューリレーションアプローチによるイベント分析』(2007年)は、この変化を朝日新聞に掲載されたイベントや集会などの数と内容から定量的に調べている。

この研究によると、1980年代以降はイベントや集会そのものの数は大きくは減らなかったが、抗議や激しい形態のイベントは減少傾向にあったという。「抵抗」や「抗議」ではなく、住民や市民の主体的な活動に変化していったというのである。

社会運動は停滞したわけではなく、穏健な形態へと変容したのだと考えられる。
穏健な行為形態は、行政への陳情や申し入れといった制度政治への働きかけが多く含まれる。

SNSで起こる奇妙な「先祖返り」

社会運動は、行政に関与して問題解決へと持っていく方向へと進んでいった。このあたりの流れは、1980〜90年代に新聞記者をしていたわたしの実感とも整合している。

そしてこの流れの先に、21世紀に社会運動にかかわっている若者たちの健全な感覚がある。たとえば、現代の社会運動の代表的存在であるNPOフローレンスの駒崎弘樹氏や一般社団法人ネクスト・コモンズ・ラボの林篤志氏らが、積極的に政府や自治体などの行政機関にコミットして社会を変えようとしていることはその象徴的なケースである。彼らだけでなく、わたしが触れる機会のある若者たちは、大半がそのような姿勢を持っている。

しかしSNSでは、まったく逆に奇妙な先祖返りが起きている。まるで1960年代の革命運動のような「抵抗」や「抗議」に没頭し、対立を煽る人たちが目立つのだ。

一つの理由は、先に書いたようなSNS特有の性質である。もともと攻撃的な少数の人々が目立ち、彼らが多くの犠牲者を攻撃するようになってしまっていることだ。

いまの若者たちに見るように、日本社会全体では穏健でリベラルな価値観が広がり、社会に参加して改善していこうという運動が増えている。しかし、その状況に不満な人たちが先鋭化し、特定少数のグループをつくってSNSで攻撃を重ねているという実態がある。