1970年代後半、ソニーの「ベータマックス」とビクターの「VHS」による家庭用VTRの規格争いが起こった。この戦いで、なぜソニーは敗北したのか。「ベータマックス」の開発・マーケティングの責任者だった盛田正明さんと神仁司さんの共書『人の力を活かすリーダーシップ』(ワン・パブリッシング)より紹介する――。

ビデオ戦争の“戦犯”が語る

実は私は1967年頃家庭用ビデオテープレコーダー『ベータマックス』の開発・マーケティングの指揮を執る責任者でした。ですから、私は(ビデオ規格・ベータマックス対VHS争いの)“戦犯”と言っていいです。

あの頃、ビデオは、世の中で放送用のものしかありませんでしたが、家庭用のビデオを作ろうと井深さんが発想して、試行錯誤の末、最初にできたのが、『U-マチック』という結構大きなものでした。井深さんが、「ポケットに入るサイズにしろ」と言って、さらに小っちゃいものを作ろうとして、1973年に木原信敏さん(当時主任研究員)が、ベータマックスのサイズを考えました。

ベータマックスのビデオテープ
ベータマックスのビデオテープ(写真=tsca/CC-BY-2.5/Wikimedia Commons

その当時、ビクターさんもビデオをやっていましたが、それがVHSビデオテープでした。松下電器さんも開発中で、ベータマックスとVHSのどちらにしようかという状況でした。

たった一つ、ソニーの考え方がこれまでとちょっと違っていたことがありました。われわれはいつもグローバルにと考えていましたが、ベータマックスを商品にしようと思った時に、やはり日本で最初に商品にしないとダメだろうと考えたのです。日本ほどテレビをよく見ていた国民はいませんでしたから。

「タイムシフト」というコンセプト

国民的テレビ番組のNHKの大河ドラマとか朝ドラは、みんなが見ていました。しかし、その時間に自分に何か用があって見られないことがあります。だから、昭夫は、テレビには“タイムシフト”が大事だと考えたのです。

テレビ局が、この時間がいいと思って放送しているけれども、あれはテレビ局が一方的に、ここがいいと思って考えた時間なので、それを自分の都合のいい時間にシフトしてテレビを見る。あらゆるテレビにビデオをつけて、自分の見られないものは録画して、自分の都合のいい時間に見る。“タイムシフト”をして、初めてテレビが完成するのだというのが、昭夫の、そして、ソニーのコンセプトでした。

大河ドラマは45分の番組でした。1時間以上の番組はあまりありませんでした。それで、ソニーは1時間録画できれば十分だという考えでスタートしました。

ビクターさんは、たぶんアメリカといろいろ話したのだろうと思います。アメリカ人はテレビをタイムシフトして見ようという人などほとんどいないので、ソフトウェアとして見るのがいいのではないかと言われたようです。映画を考えると、2時間必要になる。だから、カセットは大きいけれど、2時間にした。そこがベータマックスとVHSの最初に違ったところなのです。