井深さんが一番怒ったこと
振り返ると、基本的にソニーは、何にも教えてくれませんでした。でも、私にはそれが良かったのです。
井深さんにしろ、昭夫にしろ、誰からも教えてもらったことなどなかったです。要するに、自分で考えろという主義です。
聞きに行っても、こうやってみたらどうか、というサジェスチョンをくれるぐらいで、ああやれ、こうやれと言われた試しはないです。私にとっては、楽しいというか、そのほうが嬉しかったのです。自分の自由になりますから。やっては失敗、やっては失敗……。誰もやったことのないことを、失敗せずにやれと言われたって、やれるはずがない。
井深さんたちも初めてやることだから、失敗するのは当たり前だと思っていました。失敗したということは、こうやったらダメだというノウハウが、一つプラスになるのです。
井深さんが一番怒ったのは、社員が「考えています」と言った時です。「おまえ、考えているのはその位置に止まっているのと同じだよ」。要するに、「とにかく何かやれ」、「行動に移せ」ということです。
目標に出合って、「近づこう」ということしか考えていませんから、失敗にめげているどころではないのです。「こうやってダメだったら、ああやってみるか」ということしか考えていないので、たいていそのうちにだんだん手詰まりになってきます。そうなったらみんな誰かの所に行って、ああだこうだやる。最初の頃のソニーは、だいたいそんな感じで課題を解決していました。
失敗するのは当たり前
実は、私はソニーで教育訓練を一度も受けたことがないのです。研修というのは、もっと後のほうにできたもので、私が研修を受けたのは、コンピュータができた時です。伊豆にIBMの研修所があって、コンピュータのトレーニングをやらされたぐらいです。
とにかく、何でも自分で考えて自分でやって、すごく自由度があったから、面白かったです。
私は、井深さんから直接いろいろな指導を受けることができました。井深さんと一緒に働いていく中で、井深さんの考え方が、自然と私の基本的な考え方になっていきました。井深流ソニースピリットが、盛田正明の礎となったのです。
私だけではなく、私の兄の昭夫、後の経営トップになった岩間和夫さん、大賀典雄さんも皆同じ思想でした。
今、もし私が、井深さんにこの指導方法のことを改めて聞いたら、きっと、「そんな、いちいち、みんなに教えている暇なんかないよ。みんな立派な脳を持っているんだから、自分で考えてもらうしかないんだよ」と笑いながら言うでしょう。井深さんはそんな人でした。
常に新しいことにチャレンジしていたわれわれは、失敗するのは当たり前、七転び八起きの毎日で、一歩一歩前進していきました。これほどやりがいのあることはなく、苦しいながらもあの時代は本当に楽しかったです。