僕のキャリアにおける「二段階の不完全問題解決プロセス」

すでに書いたように、PDPでさっそうと登場した藤本さんに感化されまくりやがった僕は、安直にも「製品開発のマネジメント」をとりあえずの研究テーマにして学者生活を始めた。しかし、表面的にテーマを真似ただけで、結局のところ僕は藤本さんのような研究者にはなれなかった。なぜかというと、それだけの能力がなかったからだ。なぜ能力がないのか。それだけの努力をしなかったからだ。なぜ努力できなかったのか。それはつまるところ、(僕の怠惰な性格も大きな要因だがそれ以上に)製品開発にしても実証研究にしても、本当のことを言えば僕がそれほどスキではなかったからだと思う。

生産システムの進化論
[著]藤本隆宏(有斐閣)

表面的な憧れと思い込みで、本当はスキでもないことを研究していた僕は、その後長いこと回り道をすることになった(じゃあ、いまはどうなのか?と聞かれたら、いまでもフラフラしているだけかもしれないが)。仕事とかキャリアを「二段階の不完全問題解決プロセス」でとらえるとしたら、僕の場合、第一段階の「とりあえずの解」は明らかにハズレだった。しかし、試行錯誤から能力を生成していく第二段階のプロセスについては、それが身についたかどうかは別にして、その重要性だけははっきりと認識できるようになった。

第一段階でハズして回り道をしたことが、かえって自分がスキなこと、本当に大切だと思えることについて考える機会を僕に与えてくれた。藤本さんと僕とでは比較にならないのを承知でいえば、拙書『ストーリーとしての競争戦略』では、「自分が大切だと思うこと、本当に言いたいと思うことだけを言う」「ただし、言いたいことは全部言う」というスタンスだけは絶対にブレないようにした。

自分なりに自分が本当にスキだと思えることをやる。スキであればそれなりの努力ができる。努力を継続できる。努力を継続すれば、そこそこ上手になれる。上手になれば人の役に立てる。そして、何よりも大切なことは、自分以外の誰かの役に立ってこその仕事だということ。これが藤本さんの一連の著書から学んだ、僕の「日頃の心構え」だ。

日本に帰ってきた当時の藤本さんにぶしつけな手紙を書いたら、しばらくして藤本さんからハガキで返事をいただいた(当時はメールが一般的でなく、僕も使っていなかった)。ハガキ全面にびっしりと僕の論文についてのコメントとメッセージが書いてあった。はじめはわりと大きな字なのに、書くことが途中でどんどん出てきたせいか(事前合理性の制約)、終わりになるほど字が小さくなり、最後はほとんど読めなくなっていた。目を凝らしてみると、ハガキの隅、ぎりぎりのところに「では、よい研究を!」とあった。宝物としていまでも大切に保存してある。

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