「自分に価値などない」と気付くことがスタート

大抵の人間は「自分に価値がある」と思い込んでいます。書店に行ったって「あなたには価値がある」と謳う何のためにもならない自己啓発書が並んでいます。

でも、少し考えてみるとわかりますが、その価値の根底にあるのは、金や地位、他者との繋がりだったりします。それがなくなったら、自分の価値自体もなくなります。そういった「自分に価値がないとわかる地点に降りていく」という経験が重要なんです。

イスラームではすべての価値は神に属しますから、人間に価値があるという考え方をしません。一日に5回礼拝をするといった行為によって初めて神に承認されて価値が生まれるのです。価値に気付くためには、まず自分に価値がないことに気付かなくてはいけません。

例えば禅宗の古刹永平寺も公式HPに、「死のうと思う日はないが 生きてゆく力がなくなることがある そんな時お寺を訪ね、私ひとり 仏陀の前に座ってくる 力わき明日を想う心が出てくるまで 座ってくる」との詩を掲げてプチ出家を受け入れています。

宿坊の広告には「大本山永平寺で研修を受けた“禅コンシェルジュ”が禅道場での体験はもちろん、柏樹関館内で禅の世界をご案内します。体験の後は大浴場でゆったり。

レストランでは、工夫を凝らした精進料理と越前の銘酒に舌鼓。禅に親しみ、越前のおもてなしに親しみ、こころを癒す体験の宿、それが永平寺 親禅の宿 柏樹関」と書かれています。

瞑想する女性
写真=iStock.com/DavorLovincic
※写真はイメージです

プチ出家がもたらす最大の効果

近年ではストレス社会で生きる現代人にとってプチ出家が注目されていて、多くの人々がその魅力に惹かれています、などと言われていますが、要するにナンチャッテ仏教の日本のプチ出家は、仏教の雰囲気は出していますが、自己啓発セミナーと変わりません。

だから、プチ出家がもたらす最も大きな効果は、心身のリフレッシュということになります。日常生活では仕事や家庭の悩み、人間関係などで様々なストレスが溜まるので、プチ出家を行うことで、一時的にそうしたストレスから解放され、自分と向き合い、心身のバランスを整え、寺院で修行の真似事をしてありがたい法話を聞いて、日々の生活に感謝する心や、他者への思いやりを学び、日常生活にもポジティブな影響を期待して、より充実した人生を送ろう、というわけです。

会社や家族や友人などの人間関係からしばし離れることで、会社も家族も仲良しグループも別に自分がいなくても普通に回っていくこと、自分が要らない存在であることを思い知ることがプチ出家の本当の目的でした。

日本のナンチャッテ仏教のプチ出家が本来のプチ出家の目的と真逆の発想であることに気付くことからすべてが始まります。ここまで懇切丁寧に説明しても、ピンとこない、気付けない、という人はここで本書を閉じた方がよさそうです。