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©「福田村事件」プロジェクト2023

――朝鮮人虐殺について書くのを部長に止められる記者(木竜麻生)が登場する。ある意味でメディアも加害側だ。

立派な加害者ですよね。映画の中では言及していないが、ピエール瀧さんが演じる部長はかつて平民新聞にいた設定。幸徳秋水が作った反権力の新聞で、彼も本当はリベラルだし反権力なんだろうが、それでは新聞が持たないと知っている。だから記者の恩田に問い詰められても、沈黙せざるを得ない。

この苦悩みたいなものは今のメディアと一緒。僕もテレビ時代、「これはやるべきだけど、視聴率が落ちるから無理」とよく言われた。ジャーナリズムだけじゃ食えない。市場原理があるからね。

虐殺を目撃した記者の恩田(右) c「福田村事件」プロジェクト2023
虐殺を目撃した記者の恩田(右) ©「福田村事件」プロジェクト2023

――朝鮮帰りの澤田(井浦)の大事な韓国語のせりふに字幕がないのは?

プロデューサーからは絶対に入れてくれと言われたけど。でも何を言っているか、なんとなく分かるでしょ? それでいいんです。テレビなら説明しなきゃいけないが、映画は違うと僕は思っている。ただ、パンフレットには入れようかと話はしていますね。

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――森さんは俳優としての出演作もあるが、今回カメオ出演は考えなかった?

それは考えなかった。ドキュメンタリーでは、「撮っている側を意識してほしい」という思いがあり、作品のどこかに自分が出ている。

ドキュメンタリーは客観的な事実だけを映しているわけじゃない、これは僕が撮っている現実で、カメラがあるから(被写体は)こういう振る舞いしている、ということを常々言っているので。

――突然、ロマンポルノのようになる展開があるが……。

そこは荒井晴彦さんに聞いてください。映画というとエロがなきゃいけないみたいなところに、僕は抵抗したんだけど。中盤までは要素がトゥーマッチだと僕は思っていて、父親と嫁の関係も中途半端だし説明的なセリフも多い。でもチームですから、我を通せなかった。そこはまあ、実は悔いが残るところ。

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――虐殺直前、行商団を率いる沼部(永山)の言葉にはっとさせられた。

企画書を持ってテレビ局を回ったとき、「『日本人が間違えて殺された』と声高に言うと、朝鮮人虐殺を正当化しちゃうからそのレトリックは難しいよ」と誰かに言われた。確かにそうだなと思っていたんです。

そこをどうクリアしようかと考えたとき、あの展開を作ることができた。(現場で)瑛太さんには「この場にいる人に叫ぶのと同時に、映画館の客席に向かって言ってほしい」ってことを言った。

今も「日本人が殺されたから映画にできる」「朝鮮人虐殺を描いていない」と言われる。映画の中で殺される朝鮮人は飴売りだけだが、それで全体を想起できるはず。全て説明する必要はない。

『福田村事件』
監督/森達也
主演/井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大
9月1日公開

当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
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