自衛隊員という身分を明かしてしまうという禁忌を犯した

しかし、Aの話を鵜呑みにすることはできない。単なる経歴詐称かもしれないし、非公然秘密組織の別班が仕掛けた、取材をミスリードするための罠の可能性もあるからだ。後日、Aが所属している部隊の関係者からも話を聞く。陸上幕僚監部人事部の関係者に人事記録を調べてもらう……。詳述できないが、さまざまな角度からA周辺を取材したところ、元別班員だと確信するに至った。

そして、Aが別班を辞めざるを得なくなったのは、ふたつの理由があるという説明だった。ひとつは東京から、海外の情報源(協力者)を遠隔操作していて失敗してしまったこと。詳しく聞くことはできなかったが、この海外の情報源がスパイであることを突き止められてしまっただろうことは、想像に難くない。かの国の治安・情報機関や軍に追われたのか、それとも、敵対勢力に摑まれてしまったのか。いずれにしても、悲劇的な最期を迎えたに違いない。

そして、もうひとつは、別班の同僚を守るために、Aが自らの身分を明かしてしまったことだという。何から同僚を守ろうとしたのか、私にはわからない。だが、絶対に破ってはいけない掟――陸上自衛隊員であること、そして別班の班員だということを明かしてはならない――を破ってしまった。この件について、これ以上話してはくれなかったが、非公然秘密情報組織である別班の想像を超えた厳しさを、垣間見た瞬間だった。

自衛隊のヘルメット
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小平学校の心理戦防護課程を経て別班に入った経緯

陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程での訓練を修了する直前、Aは同課程を担当する第5教官室の教官に、「ある人が君に会いたがっている」と告げられたという。

教官から指示された都内の公園へ行くと、見知らぬ男が近づいてきて「君はこれから何がやりたいんだ」といきなり話しかけてきた。

「あなたはどなたですか」と問うと、その男は「君はこちらの質問に答えればいい。私に質問することは許されない」と冷徹に言い放った。そして、いくつかの質問に答えると、男は何も言わずに公園を去っていった。

その翌日、第5教官室に呼び出されたAは、教官から「君は今後、別班に配属されると決定した」と告げられた。心理戦防護課程から別班に配属されるのは、同課程修了者のうち首席だけだが、その時にどう感じたか、今となっては記憶していないという。あるいは、記憶から意識的に消去したのかもしれない。