一方、成長の牽引役は海外事業。まずは中国だ。中国進出は、1983年で、住宅メーカーでは最も早かった。現在は大連、蘇州の2都市で分譲マンション開発を行い、無錫でも計画を進める。また12年には常州で大型開発を着工する。住宅と商業施設の複合開発で、敷地面積は約7.5万平方メートル、総投資額は230億円である。

「ジャパン・ブランド、そしてダイワ・ブランドを売っていきたい」と大野は意気込む。施工は地元業者に任せるが、社員を派遣し、「日本流」を徹底的に教え込むことで、質を担保している。

中国は共産党一党独裁の中央集権国家に見えるが、政治・経済・社会ともに、まさに多様で、これからどう変化していくかは見通しにくい。「本当なら一気にやりたい。しかし、中国事業は慎重に、かといって消極的にならずにやっていく。こういう姿勢が必要なんじゃないかと思う」と大野はいう。今期の海外売上高は約210億円(予定)。今後10年以内に、5000億円にするという夢を描く。

新規事業ではさらに遠い将来を見据えている。同社では現在、大型リチウムイオン電池の開発、動作支援を行うロボットスーツの研究、植物工場事業などを進める。これらは「ア(安全・安心)ス(スピード)フ(福祉)カ(環境)ケ(健康)ツ(通信)ノ(農業)」というキーワードに沿ったものだ。「明日不可欠の」という語呂合わせに象徴されるように、新規事業の基準は「いくら儲かるか」ではなく、「世の中から必要とされているか」だという。震災対応でも「いまの対応が、10年後、20年後も記憶に残る。利益だけを貪欲に追ったとき、どう評価されるかを考えよ」と社内を戒めた。

一見、鷹揚に見える大野。「信用されないかもしれないけど、営業マンとしては結構細かくやるタイプ」。顧客訪問の帰りには、話したことを反芻しながら、言葉の奥にある本当の問題を紡ぎだし、お客の心を捉えてきた。

創業100周年に当たる55年に売上高10兆円。これが創業者・石橋信夫の遺言だ。大胆そうで緻密な男は、社員の心を捉え、夢の架け橋の役割を担う。

※すべて雑誌掲載当時

(門間新弥=撮影)