化学の入試では「航空機の材料はジュラルミン(アルミニウム合金)である」といった問題が出ることがある。河合塾の化学科講師の大宮理さんは「こうした問題をみるたびに悲しくなる。現代の航空機を成り立たせている素材は、もはやジュラルミンではなく、最先端の素材になっている」という――。

※本稿は、大宮理『ケミストリー現代史 その時、化学が世界を一変させた!』(PHP文庫)の一部を再編集したものです。

エジソンは京都の竹を「最適だ」と言った

炭素繊維は炭素原子だけからできた繊維で、黒鉛と似た構造の物質です。黒鉛は鉛筆の芯の素材で、鉛筆の芯は黒鉛の小さな結晶を添加剤と一緒に固めたものです。

黒鉛は柔らかいので、紙の上に押しつけると剝がれて紙の上に付着します。黒鉛は英語で「グラファイト」といい、ギリシャ語の「グラフェイン」(「書く」の意)とラテン語の語尾「〜ァイト」(「〜石」の意。アンモナイトやダイナマイトと同じ)が語源です。

1564年、イギリスの鉱山でメタリックな光沢のある石が発見され、筆記に使えることがわかると、やがて鉛筆へと応用されていきます。鉛筆がなかったら、偉大な科学者も生まれてこなかったかもしれません。

1879年、発明王トーマス・エジソンが白熱電球をつくる際に、電気を流して光らせる発光体に最適な素材を探して苦心していました。机の上にあった竹の扇子から、竹を取り出して焼いた繊維は耐久性もよく、「これだ!」と世界中の竹を探しました。

エジソンは、京都の石清水八幡宮の竹を蒸し焼きにしてつくった芯は、連続点灯時間が1200時間を超え、最適であることを見つけます。この芯が、炭素繊維の利用の始まりです。

フィラメントがくっきり見える白熱電球
写真=iStock.com/Pathompong Bussapapongpan
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「東レ」は繊維業界のトップランナー

構造材料として注目されるのは、宇宙開発の分野でした。1959年、アメリカの化学企業、ユニオンカーバイドの子会社、ナショナルカーボンがレーヨンという繊維を焼いて炭素繊維をつくり、ロケットの噴射口の素材として利用されました。でも、世の中には普及しませんでした。

そのころ、日本では、通商産業省工業技術院大阪工業技術試験所(現在の産業技術総合研究所関西センター)の進藤昭男博士が、ポリアクリロニトリル(PAN)という分子でできたアクリル繊維(カーペットやフリースなどに用いる繊維)を高温で分解してつくる炭素繊維(PAN系アクリル繊維)を発明し、その後、特許を取得しました。

この特許をもとに、炭素繊維の実用化に情熱を傾けた企業が現れます。それが日本の東レです。東レは、東洋レーヨンという繊維企業から出発した化学企業で、先端素材を追求してきたトップランナーです。