岡山で、アステラス製薬のMRを務める片井真理さんの仕事は、自社の薬のよさをアピールし、医療機関で採用してもらうことだ。採用率は常にトップクラス。そこには小さな工夫の積み重ねがある。
あるとき、なかなか医師に取り次いでくれない受付の女性がいた。そこで片井さんは季節に合わせて毎回違うシールを名刺に貼り、その女性に渡すようにした。すると、「シールの子」として覚えてもらったばかりか、「今日のシールは何?」と楽しみにされるようになり、結果、取り次いでもらえるようになったという。
「『キミががんばっているから採用するよ』と言われるのも、もちろんうれしい。でも、できれば薬のよさをわかったうえで、納得して買っていただきたいんです」
そんな片井さんが力を入れているのが、病院の一室を借り、医師やナースを集めて行う新薬の「説明会」だ。会社支給のスライドも用意されているが、それを映すだけでは、印象に残らない。そこでよく使うのが、「たとえ話」である。
日ごろの雑談から相手の趣味や関心事をリサーチしておいて、その人の興味を引きそうな比喩を用いて薬の特徴を印象づけるのだ。
だが「薬の説明会などつまらない。時間の無駄」と言ってはばからない医師もいる。そこでその医師が歴史好きであることを知っていた片井さんは、新薬の特徴を「長篠の戦い」になぞらえた。「長篠の戦い」は、いままでの騎馬隊に代わり、初めて鉄砲が取り入れられたことで有名。同時に、相手の騎馬隊から自分を守る竹の柵も初めて取り入れられた合戦だ。
「そのとき説明した薬は、それまで安全性の部分に問題があった領域の薬。そこで薬の安全性を竹の柵に、効果を鉄砲にたとえ、『安全性と効果が両立できた、長篠の戦いの薬と覚えてください』と言いました」(片井さん)
結果、見事その場で採用が決定した。その後もその医師は、片井さんの顔を見るたびに「鉄砲、使ってるよ」と言ってくれるようになったという。