「ピンチバンター」牧原の憂鬱

そのときの牧原の驚きと、困惑の顔は忘れられません。不安そうな目で僕を見ていました。言葉にこそ出しませんが、「ウソでしょう、この状況で代打バントですか? 勘弁してください」と言っている顔でした。

気持ちはよくわかります。突然試合に出てバント、しかも三塁はフォースプレーですから、難しいバントを求められます。

もちろん、牧原だってサードに捕らせる強めのバントを転がす技術を持っています。普段であれば問題はないでしょう。

でも、この試合です。日の丸を背負って、1点ビハインド、成功すれば勝利を引き寄せ、失敗すれば無得点で終わってしまう可能性が高まる、そんな責任重大なバント。体が萎縮して、うまくバットをコントロールできなくても不思議ではありません。

あまりにも不安そうだったので、なんとか払拭ふっしょくしてあげたいと思いました。なので、「大丈夫。ランナー翔平だし、外国人はフィールディングのうまい投手は少ないから、転がしさえすればセーフになるから」と、なんの根拠もない言葉をかけました。

安心材料を与えたかったのですが、牧原はどう見ても上の空だったので、たぶんこの言葉が頭には入っていかなかったと思います。

日本の国旗で塗られた素朴な木の背景に革の野球
写真=iStock.com/ronniechua
※写真はイメージです

栗山監督の決断「ムネに任せるわ」

代打でバントということ自体、めちゃくちゃきついことです。決めて当たり前と思われていて、失敗すればタダでアウトを献上するだけ。本当にきついです。

でも、僕の仕事としては、その状況に備えて、できる人を準備しなくてはいけないのです。

ともかく牧原には伝えて、監督の隣に戻ると「マキ大丈夫だよね?」と聞かれたので「はい」と答えました。

吉田のボールカウントがボール先行していったとき、栗山監督が僕に「ムネに任せるわ」と言いました。栗山監督が決断をした瞬間でした。

それを受けて僕も監督に「今、牧原にバントさせても成功する確率低いですよ」と言いました。監督の決断に対して、思いっきり背中を押したかったのでした。

実際、精神的に普段どおりのバントはできそうにありませんでしたから。