なぜスズメを駆除したのか

理屈はこうだ。スズメがいけないのは穀物を食らうからだ。スズメが穀物を食べる量は、1羽につき毎年最大で4.5キロである。中国人が飢えをしのぐために使えたはずの穀物をだ。

これを計算すると、100万羽のスズメが駆除されたら、6万人の食いぶちがまかなえると考えたのだ。理にかなっているだろう?

スズメ
写真=iStock.com/Andyworks
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四害駆除運動は1958年に始まり、これには全精力が注がれた。全国展開された運動のポスターを使って、子どもからお年寄りまで中国人全員が義務を果たし、該当の生物をなるべくたくさん殺害するように呼びかけ、「鳥は資本主義の公共の動物だ」と高らかに宣言した。

人々はハエ叩きから拳銃まで携えて武装し、学童はなるべく多くのスズメを投石機で撃つ方法をしこまれた。スズメを目の敵にした群衆は、旗を振り、熱に浮かされたように街中を練り歩き、鳥との戦いに加わった。スズメの巣を壊し、卵をかち割った。

市民は鍋や釜を叩き鳴らし、木からスズメを追い払ったものだから、スズメは休むことができずに疲れ果て、空から落ちて息絶えた。上海だけでも20万ものスズメが戦闘初日に死んだと推定されている。

スズメの駆除で大量増殖したある昆虫

「戦士たるもの、戦いに勝つまで撤退してはならない」と「人民日報」は書いた。結果、戦闘には勝った。宣言された目標を達成することにかけては大勝利だった。小さな生物の軍勢に対し、人類は圧倒的な勝利を収めた。

四害駆除運動は、合計すると1億5000万匹のドブネズミに1100万キロの蚊、10万キロのハエ……そして1億羽のスズメを殺したと推定される。

あいにく、この戦いの何が悪かったかはすぐにわかり始めた。1億羽のスズメは穀物を食らうばかりではなく、虫も食べていた。とくにイナゴを食べてくれていた。突如として1億羽の天敵がいなくなってせいせいした中国のイナゴは、毎日が正月だとばかりに祝い始めた。

スズメはそこかしこでほんのちょっと穀物をつまみ食いしていただけだったのに、イナゴの集団はというと、とめどない巨大な雲のようになって、中国の作物を荒らしまわった。

実際の専門家はこの考えの何もかもがどんなによくないかとかねてから人々に訴えてきたが、1959年、鳥類学者の鄭作新の忠告はようやく聞き届けられ、公的な「殺すべき害虫」のリストにあったスズメはトコジラミに変更された。

だが時すでに遅し。1億羽のスズメを殺戮さつりくし尽くしてから、今度は戻ってこいと虫のいいことを望んでも、そうはいかない。