世界基準の7分の1の濃度で放出する

私たちの装備も前回は重装備で、建屋の近くではバスから一歩も出られなかったが、今回は、ヘルメットや専用の靴、防御ベストなどは着用したが、外にも出られ、廃虚となっている建屋の前で記念写真まで撮れた。ただ、肝心の廃炉の完成までには、まだまだ時間がかかる。びっしりと並ぶ巨大なタンク群は、やはり見ているだけで心が重くなった。

その中で大きな進歩といえるのが、冒頭に記した通り、ようやく処理水の海洋放出が始まることだ。国の安全基準では、放出する水に含まれてもよいトリチウムの濃度は1リットルあたり6万ベクレル。飲料水の世界基準は1リットルあたり1万ベクレルだ[WHO(世界保健機関)の規定]。

そして、東電が今回、海洋放出する際の濃度は、この飲料水基準のさらに7分の1の、1リットルあたり1500ベクレル。事故以前の東電の管理値も超えていない。それを、岸から1kmのところまで延ばしたパイプで、チョロチョロと少量ずつ放出していく。

処理水と同じトリチウム濃度でヒラメを養殖

東電の放出口から出てくる処理水と同じトリチウム濃度の水を毎日2リットル飲み続けても、被曝量は1年あたりで1ミリシーベルトだという。ちなみに量子科学技術研究開発機構によれば、X線CTスキャンによる被曝量は、1回で5~30ミリシーベルトだ(ベクレルというのは、放射能の量を表す単位で、シーベルトは被曝線量を表す単位。同じ放射性物質でも、受ける人が遠くにいれば被曝線量のシーベルトは小さくなる)。

今回の見学で興味深かったのは、敷地内でヒラメを養殖していたこと。放出する処理水と同じトリチウム濃度の海水と、その他の海水で育てて、比較観察をしている。水槽に餌を投げ入れると、トリチウムの海水のヒラメたちが勢いよく飛び跳ねた。「こっちのほうが元気じゃないですか」と見学者が笑ったが、これはもちろん単なる偶然。今のところ、どのヒラメの生育にも差はない。

飼育の様子は、24時間ライブで見られ、飼育日誌も公開されているので、興味がおありの方はそちらをご覧いただきたいが、かいつまんで言えば、ヒラメを連れてきてトリチウムを含んだ海水に入れると、24時間以内にヒラメの体内と体外の水のトリチウム濃度が同じになる。

しかし、濃度はそれ以上にはならない。そして、そのヒラメを元の海水に戻すと、トリチウムの濃度はやはり24時間以内に、また周りと同じレベルに戻る。もっとも、これらは新しい知見ではなく、過去に明らかになっていたことを確認したに過ぎないという。つまり、トリチウム汚染された危険な(?)魚があちこちに出没することはあり得ない。