男性は徐々に「合理的な靴」を好むように

というわけで、ヒールはそもそも男性のために発明されたのだとすると、現在ヒール靴を履く男がほとんどいないのはなぜだ?

男性がヒール靴を履かなくなった理由は1つではないだろう。しかし18世紀半ばに合理性を重んじる啓蒙けいもう思想が興り、フレンチ・スタイルの人気が失われていくと、イギリスのファッショナブルな男たちは外国の女々しい靴の代わりに、合理的かつ実用的な人間のためにデザインされたストイックな靴を好むようになった。ヒールはこうして、哲学者たちが一般的に非合理で愚かであるとみなした女性だけのものとなったのだ。

しかしその後、女性もまたヒールを履かなくなっていく。アメリカ、ハイチ、フランスで革命の嵐が吹き荒れ、19世紀が始まると、ヒールの高い靴は人気がなくなった。おそらく、革命的な急進思想で胸を一杯にした者たちは、古代ギリシア・ローマ風の民主主義的な服装を好んだことだろうし、一方下層民を軽蔑する王党派は、ギロチンや銃剣が突然全土を席巻したことに気づき、処刑されたフランス国王や王妃を連想させるような靴は、たとえそれがすばらしいの一言に尽きるとしても、見せびらかすのはまずいと悟ったのだろう。

ハイヒールの再流行

その後、驚くべき大転換が起きる。軍隊風の長ズボンが新たに流行したこともあって、多くの男性が戸棚から古いヒール靴をふたたび引っぱり出してきた。体にぴったり添う半ズボンに比べてゆったりしている長ズボンは、靴のヒールの下に引っ掛けてズボンを固定するためのひもが足首部分についていた。

そして男性側の状況がそうだったのなら、次に何が起きたか想像がつくだろう……そう、1800年代半ばになると、女性用のヒールも大々的にカムバックを果たしたのだ。そのきっかけの1つとなったのが写真術の広がりで、上流階級は何を着ているのか、より多くの人が目にするようになった結果、高級ファッションがあっという間に社会の隅々まで広がっていった。

写真術が民衆の間に広まると、ヴィクトリア朝時代のポルノ写真もまた隆盛した。その多くでは、ハイヒール・ブーツ以外何も身につけていない女性がカメラの前でポーズを取っている。このエロティックな新流行は、もちろん現在まで続いている。

とにかくこの時代になって、ヒールと女性が、社会の各層で決定的に結びつけられたのだ。とはいえ、ハイヒールを履いた女性が歩くと、前かがみでカンガルーみたいな醜いシルエットになると非難した熱心な批評家や風刺漫画家もいた。流行のアイテムになったハイヒールにも、反対者がいなかったわけではないのだ。