実は創業当初は甘味処だった
戦後すぐの1946年に創業した店は、翌々年(1948年)にラーメンが加わり、店名が「寿がきや」となった。当時は1杯30円。1960年代には90円、76年から78年まで140円で販売した。その後も長年200円台で販売するなど、「子ども時代にスガキヤのラーメンがいくらだったかで、大体の年齢がわかる」ともいわれた。
原材料など諸経費の高騰が続き、近年は小刻みに値上げしてきたが、「スガキヤのラーメンは低価格で食べたい」も、お客が同ブランドに抱く期待値なのだ。
「スガキヤ」は甘味も名物。実は、創業当初は「甘党の店」だった。今でもソフトクリーム(レギュラー190円、ミニソフト130円)やクリームぜんざい(280円)が人気だ。
「ソフトクリームは動物性ではなく植物性油脂を使い、あっさりした味です。クリームぜんざいのぜんざいには、北海道産大納言小豆を100%使用。塩気のあるラーメンの後を甘味でシメるというお客さまも多いです」(高岡さん)
今回、名古屋市内の店を訪れて「ラーメンとミニソフト」を注文した。2品で520円。「ソフトクリームは後にしますか?」と聞かれたので、ラーメン後に食べる人が多いようだ。
味噌でもしょうゆでもないスープ
ところで名古屋といえば、味噌カツや味噌煮込みに代表される味噌文化の土地だ。定食などにつく味噌汁の赤だしも濃い。ご当地名物の「きしめん」はしょうゆ味だ。
一方でスガキヤのラーメンは「さっぱりとしながらも旨みたっぷりの和風豚骨スープ」(同社)となっている。なぜ、これが味噌文化の土地で支持されたのか。
「甘党の店がラーメンを始めたのは、お客さまが向かいにあった中華料理店に通う姿を目に留めて、ラーメンを開発したからです。当時の名古屋は、豚骨味のラーメンが流行っており、ベースは豚骨にしたのですが、差別化のためにさまざまな味を試行錯誤した末に魚介に注目。現在の『魚介と豚骨のWスープ』味になりました」(高岡さん)
高度経済成長期に各地のショッピングセンターなどに次々に出店。チェーン1号店は1969年の「ユニー大曽根店」(当時)で、1973年には直営店が100店に到達した。名古屋文化で育った人で、「子どもの頃、親と買物に行った後、スガキヤでラーメンを食べた」という原体験を持つ人は、この店舗拡大以降からだろう。
かつてラーメンは「中華そば」と呼ばれ、しょうゆ味が基本だった。それが戦後に味が多様化して、国民食となっていったのは高度成長期から。名古屋地区ではスガキヤの白濁色のラーメンが根づき、ソウルフードとなったのだ。