「子どもより先に死んではいけない」という強い思い

――『母は死ねない』というタイトルには、非常にインパクトがありますよね。このタイトルに決めた経緯を教えてください。

この言葉は、東京地方裁判所で出会った母親が語った言葉でした。彼女は自分の息子が同棲していた女に殺された経験がありました。

「死にたいほどつらい」と思うこともあったそうですが、それでも彼女は「死ぬことなんてできません。母は死ねません」と私に言ったんです。正直なところ、当時は彼女が発した言葉の意味をどこまで理解できていたのだろうと思います。

その言葉の意味の一端が理解できたのは、私自身が子どもを産んで退院した直後に、敗血症性ショックとDIC(播種はしゅ性血管内凝固症候群)にかかり、生死を彷徨ったときでした。40度を超える熱が出て、背中には猛烈な痛みが走り、じっとしていることもできない状態で、生まれたばかりの子どもに二度と会えずに死んでしまうかもしれない。そう考えたときに、子どもが気の毒だという気持ちとともに「母は死ねない」という言葉が心に浮かんできたんです。

生死を彷徨ったときの体験について語る河合さん
撮影=市来朋久
生死を彷徨ったときの体験について語る河合さん

――「母は死ねない」という言葉の意味が、リアリティーを持って感じられるようになったんですね。

いま振り返ると、そうして死にかけたときですら、彼女が発した言葉の意味を理解しきれていなかったように思います。当時は自分自身の根源的な欲求から湧いてきた素朴な想いを感じたというか。同時に、「子どもよりも先に死んではいけない」という「母」に課せられた枷のようなものも感じました。それが「死ねない」という言葉に象徴されているように感じ、この言葉に強く惹かれたんだろうなと思います。

ガリガリ君に託された「生きたい」という欲

――生死を彷徨ったときを振り返って、強く印象に残っていることはありますか?

本書の冒頭にも書いたのですが、痛みにもだえ苦しんでいるなかで、「ガリガリ君を買ってきて」と頼んだことはいまでもよく覚えています。

重病者がガリガリ君を欲しがるようになることは、介護の現場では「ガリガリ君サイン」と呼ばれていることもあるそうですが、当時はそんなことも知らず、とにかくガリガリ君を口に含みたかった。

あえて言葉にするならば、「生きたい」という欲だったと思います。