路線バスの運転士は、乗務中にさまざまな暴言にさらされる。このうち路線バスに12年間乗務した須畑寅夫さんは「運転手の分際で生意気なやつだな」と言われたことが、いまだに忘れられないという。須畑さんの著書『バスドライバーのろのろ日記』(三五館シンシャ)より、一部を紹介しよう――。(第3回)
別れの舞台装置になることもあるバス停
「8時ちょうどの~ あずさ2号で~ 私は私はあなたから~ 旅立ちます♪」
言わずと知れた名曲「あずさ2号(*1)」の歌詞である。電車や駅はよく映画などの別れのシーンの舞台として使われるが、バスもまた別れの舞台装置となることがある。
日曜日の夜、駅に向かうバスを運行していると、バス停で10代のカップルが待っていた。バスを停車させ、中扉を開き、「横浜駅行きです」とアナウンスするもなかなか乗ってこない。両手を握り、見つめ合ったままである。あれ、乗らないのかなと思い、「扉が閉まります」とアナウンスすると、女の子のほうだけピョンと飛び乗った。けれど、まだ二人はつないだ手を離さず、見つめ合ったままである。
するとあろうことか、外にいる男の子は女の子をグッと抱き寄せて、チューをした。そんなところでチューをされたら、扉を閉めることができない。扉付近に人が立つとセンサーが反応して、閉めようとしても自動的に開いてしまう(*2)のだ。ほかの乗客たちは「こんなところで何やってんだよ、このバカップルは」という冷ややかな目で見ている。もちろん私もその一人だ。そういうことは家で済ませてきてほしい。
(*1)1977(昭和52)年、狩人が歌ったヒット曲。実際にJRでは2020年まで「特急あずさ2号」が運行していたが、ダイヤ改正にともない現在は運行していない。
(*2)自動的に開いてしまう:また降車時に扉付近に人が立っている場合もセンサーが反応し、逆に扉が開かなくなる。ステップがあるバスが減り、ノンステップバスが増えてからこのようなトラブルが増えたという話も。混雑時などは仕方ないが、運転士としてはできるだけ扉の近くに立たないでいただきたい。