成人の約8割が罹患する「歯周病」の恐ろしさ
そこで一番の問題となるのが、歯周病だ。
歯周病とは、歯周病菌が歯茎の炎症を起こし、進行すると歯を支えている骨を溶かす病気である。歯周病の原因となるのは、プラークと呼ばれる細菌の塊で、1mgの中に1億~10億もの細菌が存在する。
「歯周病菌が厄介なのは、菌が血液の中に侵入し、感染を起こすことです(菌血症)。それは抜歯をするときだけでなく、歯磨きでも一過性の菌血症になると言われています。歯周病菌が全身に回り、心臓弁や心内膜に到達すると、感染性心内膜炎を発症します。
また、口腔内の汚染が強い状態で気管挿管を行うと、歯周病菌が挿管チューブを伝って気管に入り、誤嚥性肺炎を引き起こすことがあります」
心臓に限らず、あらゆる疾患において、「口腔ケア」は重要な役割を担っている。たとえば食道がんや喉頭がんの手術を行う際に口腔ケアを行うと、術後合併症が少なくなり、退院までの日数も短縮されるというデータがある。
現在では、消化器がんの手術、心臓手術、胸部外科手術をはじめとして、化学療法を行う症例でも口腔ケアが実施されている。一見無関係と思われる整形外科手術(人工股関節置換術など)でも、心臓と同じように口腔ケアを実施している。
そして、歯周病は歯を失う要因ともなる。
歯周病は知らないうちに進行し、気づいた時には重症化していることも多い。そのため、サイレント・ディジーズ(静かなる病気)とも呼ばれる。
日本人が歯を失う原因で、40代後半以降で最も多いのが歯周病である。成人の約8割が歯周病にかかっているとも言われ、もはや国民病である。
「歯周病菌は誰もが持っているので、これを完全に除去するというのはなかなか難しい。歯周病はどれか1つの要因というよりは、細菌因子(プラーク、歯周病菌)、宿主因子(年齢、性別、遺伝、全身疾患など)、環境因子(喫煙、ストレス、食生活など)が複雑に絡みあって発症します。
健全な歯でしっかり噛むことで認知症を予防
例えば、正しいブラッシングで、プラーク・菌の数を減らすことができます。年齢や性別は変えることができませんが、喫煙やストレスなど生活習慣に関わるものは改善の余地があります」
歯周病は、かかってから治療するのではなく、丁寧な歯磨きや定期的な歯科健診で予防することが大事なのだ。
「どのような治療をしても、プラークコントロールができていなかったら、結局は元に戻ってしまいます」
健全な歯でしっかり噛むことによって、脳が刺激されて認知症が予防されるという研究もある。消化において内臓への負担を軽減することは言うまでもない。歯を失うと、全身の健康にさまざまな影響を及ぼす。
「何本失うかで変わってきますが、歯を全て失って総入れ歯になった場合、噛む力(咬合力)は、すべての歯がそろっている場合の4分の1にまで低下すると言われています」
しっかりと噛んで咀嚼すること、味わって美味しく食べること、楽しく笑って会話することなど、歯は「人生の楽しみ」「QOL(クオリティー オブ ライフ)」(生活の質)とも深く関わっている。
病気になりにくい状態を保つことで、元気に長生きして充実した人生を送るための第一歩は、歯を大切にすることなのだ。