世界を変えるのは人間でしかない
もう一つ、懸念されるのは、外国語学習の機運が低下することです。ChatGPTを通じてあらゆる情報を文章で生成してもらえるようになると、母国語以外の言葉を学んで検索を掛けたり、文献を読んだりしなくても済むようになります。
外国語が不得意な人からすれば一見、便利に見えますが、「ChatGPTを介さなければ外国語話者と対話ができない」事態になれば、それは人類にとって必ずしも幸せな状態とは言えません。
ChatGPTの行きつく先に何があるかと考えると、私は『創世記』の「バベルの塔」を思い出さずにはいられません。バベルの塔は、人間が天にも届く塔を作ろうとして神の怒りを買い、さまざまな言語を使うように分けられて世界に散らばりました。
そのため、人間同士でありながら、言葉が容易には通じない状態になってしまったのです。それと同じ状況が、ChatGPTによってもたらされるのではないか――そんな懸念を抱いてしまうのです。
よく言われるように「ChatGPTが世界を変える」のではなく、世界が変わるのは使う側の人間の行動様式や判断基準が変わった時です。業務であれ教育であれ、「正しく使いこなす」ことが何よりも重要です。
(インタビュー・構成=ライター 梶原麻衣子)