室伏広治(ロンドン五輪・男子ハンマー投げ銅メダリスト)
37歳のハンマー・スローワーはあくまで冷静だった。ハンマー投げ決勝。1投目。同じスタジアムの中で女子100メートルの表彰式があり、その終了を待って試技に臨んだ。だが試技の時間の始まりがあいまいだったため、時間オーバーで失格になってしまった。
でも経験豊富な男は慌てない。「1投目はベスト8入りを、2、3投目でメダルを狙う。あとは一か八か」という作戦を守ることにした。つまり1投目をなかったこととし、2つの試技でメダル圏内を狙う、と。
3投目にベストの78メートル71を記録した。結局、これで銅メダルが決まる。室伏は言う。
「すぐに気持ちを切り替えられたのが、勝負の分かれ目だった。何があっても、心を落ち着かせて、仕切り直すよう心掛けている」
実は途中、他の選手のハンマーがゲージにひっかかり、競技が中断することもあった。競技時間が大幅に遅れ、興奮の男子100メートルがトラックで行われる時、フィールドのハンマー投げがまたも中断となった。室伏は100メートルレースには見向きもせず、芝に仰向けになっていた。精神を集中させるために。
「まだか、まだかと待っていると疲れてくる。しっかり呼吸を整えて、記録にチャレンジするのです」
年齢とともに瞬発力やパワーの持続力が落ちてきた。でも心の持ちよう、コンディショニング、自分の力の出し方をコントロールできるようになった。
さらにはチームを大事にするようになった。「チーム室伏」。医学療法士やトレーナー、コーチらと一体となってトレーニングを積んできた。東日本大震災の被災地にも赴き、人々と交流し、逆にエネルギーをもらった。
「メダルをとるために一丸となってきた。いろんな人に支えられて今がある。これ(銅メダル)は、みんなで分かち合うメダルです」
アテネ五輪の金メダルとは一味違う銅メダル。円熟の男はしみじみと漏らした。