動物が自分の遺伝子を残そうとする本能はたくましく、繁殖のための工夫は人間にとっても興味深い。生物学者の田島木綿子さんは「クジラの中でもセミクジラは、体長は15~20メートル程度で陰茎の長さは約3~4メートル。精巣も大きく、左右合わせた重量は約1トン。交尾時に有利になるよう原始的な戦略を取っています」という――。

※本稿は、田島木綿子『クジラの歌を聴け』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。

動物の繁殖活動には恥ずかしいという概念なんてない

一般的に、動物や生物の「性」や「繁殖」について話す機会は日常的に多くないだろう。それどころか話題にするのは恥ずかしく、憚られると感じる方が多いかもしれない。

一方、獣医大学を卒業して現在は研究者として働いている私にとって、動物の性や繁殖について話題にすることは、ごく自然で当たり前のことである。それはひとえに、動物たちの性や繁殖が常に「生きること」とセットであり、恥ずかしいことという概念がほとんどないからに他ならない。

さらに、彼らの性の営みや繁殖行動に隠されているさまざまな工夫や戦略を知るほどに、大きな感動を覚え、尊敬の念すら抱いているからである。

この連続記事ではオスの繁殖戦略とメスの繁殖戦略について紹介しているする。ずばり生殖器と交尾についての話である。

生々しくてイヤだわ……と思われる方もいるかもしれないが、動物たちが確実に繁殖を成し遂げるために、オスとメスそれぞれが磨き上げてきた形態と機能――この素晴らしさに感嘆するのではないだろうか。

哺乳類最大、体長の4分の1の陰茎をもつセミクジラ

陰茎のサイズにものをいわせているのが、ヒゲクジラ類の一種のセミクジラ科鯨類のオスである。

セミクジラ科は、ホッキョククジラ、キタタイセイヨウセミクジラ、キタタイヘイヨウセミクジラ、ミナミセミクジラの4種が存在し、このうち日本周辺にいるのはキタタイヘイヨウセミクジラ(セミクジラ)だ。セミクジラは、頭部にこぶ状の突起がある実にユニークなヒゲクジラで、私の最も好きな鯨類の一つである。

セミクジラ科鯨類の体長は15~20メートル程度だが、陰茎の長さは約3~4メートルといわれ、体長の5分の1から4分の1の長さを誇る。ちなみに、地球上最大の動物であるシロナガスクジラは体長26~30メートルで、陰茎の長さは約3メートル。

つまり、セミクジラは体長に対する陰茎比が、シロナガスクジラの倍になる。さらに、セミクジラ科は精巣も大きく、左右合わせた重量は約1トンにおよぶ。

なぜ、セミクジラ科鯨類がこのように大きな陰茎と精巣をもち合わせたのかというと、交尾のとき、大量の精液を膣内に流し込み、自分より先に交尾したオスの精子を洗い流すためだといわれている。

出典=『クジラの歌を聴け』
イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より