交尾するとき自分以外の精子を大量の精液で洗い流す
セミクジラ科鯨類だけがそうした繁殖戦略を選択した理由は、彼らに聞いてみないとわからないが、セミクジラ科鯨類はもともと要領よく生きるタイプのクジラであり、摂餌方法もあのユニークな頭部を使って、泳ぎながら口先を少し開けたままエサを食べる最も楽な方法を獲得している。
繁殖戦略においても“質より量”ではないが、自分以外の精子を自分の精液で洗い流すという単純かつ簡単な戦略を立てたのかもしれない。
何とも原始的な方法だが、ファン心理とは恐ろしいもので、そんなところも私にはチャーミングに映る。
それにしても、「セミクジラのオスの巨大な陰茎は、ふだん身体のどこにあるの?」と不思議に思う人も少なくないだろう。その辺を理解していただくために、陰茎の構造に関するそもそも論から紹介しよう。
哺乳類の陰茎は、基本的に「弾性線維型」と「筋海綿体型」の2種類に分けられる。
要は線維質が多いか、筋肉と血管が多いかの2つに大別される。セミクジラ科鯨類を含む鯨類の陰茎は、前者の弾性線維型である。
弾性線維型の陰茎は、海綿体(毛細血管の集合体で陰茎の主体をなす勃起性組織)の発達は悪く、海綿体へ血液が流入することで膨張する勃起(陰茎が生理的に拡大し硬直すること)は得意ではない。
セミクジラを含む鯨類の陰茎は線維質の多い「弾性線維型」
その代わり、海綿体の外側を包み込むように存在する白膜(結合組織の層)に弾性線維が豊富に含まれている。このぶ厚い白膜があることで、普段から(勃起しなくても)ある程度の大きさと形を維持したまま、包皮内(陰茎を収納する袋状の皮膚)にS字状に折りたたまれて、外生殖孔内(陰茎を収める袋状部分)に収まっている。そのため、大きい状態でも外側からは目立たない。
特に水中生活に適応したクジラをはじめとする海の哺乳類の場合、体の外側に「何か」が出ていると遊泳の邪魔になるほか、生殖器にケガをしたり、攻撃の対象にもなりうる。そのため、まったくといってよいほど、外側から陰茎を確認することはできない。
しかし、メスの発情に反応して性的興奮を覚えると、体内で陰茎を引っ張っている陰茎後引筋という筋肉が素早く弛緩し、一気に飛び出すしくみになっている。このタイプの陰茎は、多くの鯨類と偶蹄類がもち合わせている。