陰茎サイズが最大のコマッコウ類には謎が残っている

クジラ類で最も陰茎が大きいのは、というか体長と相対的に大きいのは、おそらくコマッコウ属のコマッコウとオガワコマッコウであろう。コマッコウ属はその名の通り、マッコウクジラと外見が似ているがちょっと小さい、という由来からその和名が付いた。

2種とも日本周辺に棲息するが、オガワコマッコウの方がどちらかというと南方系である。この2種は非常に似ているので、種同定は経験値がものをいう。

クジラの中でもストランディングの件数は比較的多く、サメに襲われて打ち上がってしまうケースが多い。なぜ、コマッコウ属だけがサメによく襲われるのか、理由は定かではないが、外見が少しサメに似ているからかもしれない。

実は、このコマッコウ属は研究者泣かせである。哺乳類の陰茎は一般に「骨盤(鯨類や海牛類では骨盤骨)」に付着しているが、コマッコウ属にはこの肝心の骨盤骨が存在しない。

彼らの陰茎は、通常の骨盤骨部分に形成された強靭な腱には付着しているものの、そこに骨成分は存在しない。けれども陰茎はとても大きいのである。東京大学で博士課程時代、この難問を解き明かすために数個体のコマッコウ属を解剖したものの、骨性の骨盤骨を発見することはできなかった。としても、こうした未知な領域があるからこそ、生物を理解することは興味深く、ますますのめり込む理由となる。

彼らにしてみたら「わかってたまるか!」といった感じなのかもしれない。

水をはねかける水から飛び出す右クジラ、野生動物の写真
写真=iStock.com/Alexis Fioramonti
※写真はイメージです

なぜ北海道の水産会社の冷凍庫にクジラの陰茎があるのか

ある意外な場所で、クジラの陰茎が展示されているのを目にしたことがある。それは、北海道の水産会社の冷凍庫の中だった。

「なぜ、生鮮食品を保管する冷凍庫にクジラの陰茎が?」

そこには、水産業界ならではの特別な理由がある。

ひと昔前まで、日本人にとってクジラ(鯨肉)は貴重なタンパク源であり、水産業界では一大産業を築いていた。鯨肉を商品として保管する冷凍庫では、事故など起こすことなく商品の出し入れが滞りなく行われる必要があり、クジラのオスの生殖器(陰茎)とメスの生殖器(生殖孔部分)をセットでまつる風習があったというのだ。

つまり、クジラが交尾する時のようにスムーズに、安全に冷凍庫の商品を出し入れできるようにと祈願してのことらしい。

出典=『クジラの歌を聴け』、イラスト=芦野公平
イラスト=芦野公平
出典=『クジラの歌を聴け』より