テムズ川の水運史を研究

本書では、オックスフォードでの学生生活、映画・演劇・音楽鑑賞、仲間などと自らヴィオラを演奏されたこと、ボート・テニス・スカッシュ・ジョギング・登山・スキーなどのスポーツに打ち込まれたご経験、さらに英国王室とのご親交やヨーロッパの他の王室とのご交際などについて、多彩な記述が見られる。

もちろん、ご留学なので生活の中心は学問研究だ。しかし、それを初めから書き連ねると読者が辟易へきえきするかもしれないと配慮されたのか、その記述は終章を含めて全10章ある章立てのうち、終わり近くの第8章に配されている。本書執筆当時はまだ30歳代前半だった陛下が、かくも周到な編集者的配慮を示しておられたことに、失礼ながら少し意外な印象を受ける。

しかし、それまでいかにも楽しげな学生生活、芸術・スポーツなどへの取り組みをめぐる描写を読み進んで、いよいよ研究生活の叙述に踏み込むと、多くの読者は驚くはずだ。これほどまでに精魂を込めて研究に打ち込んでおられながら、よくぞ多彩なご活動と両立できたものだ、と。

陛下は、英国でもそれまで研究が手薄だった「17~18世紀における英国テムズ川上流での河川工事や物資流通の実態」について、深く研究された。これについては、後のご著書『水運史から世界の水へ』(平成31年[2019年])にも、研究のプロセスと成果が書き込まれている(第4章・第5章)。

陛下はその後、「世界の水問題」へと問題関心を広げられ、今や海外の水問題の専門家からも広く尊敬される存在になっておられる。自ら選んだテーマを徹底的に深く掘り下げるご態度は、このご留学経験の中で学ばれたものだろう。

「このまま時間が止まってくれたら」

いよいよ留学を終え、英国を離れなければならない日が近づいた頃のことについて、次のような記述がある。

「日々の生活の中でも……このようなことがあと何回できるか少しずつ考えるようになっていた。日々繰り返すたとえどんな小さなことでも、その一つ一つがひじょうに大切なもののように思えてきた。……(オックスフォードの)どんな小さな通りにも、広場にも、私の二年間の思い出はぎっしりと詰まっているように思われた。再びオックスフォードを訪れる時は、今のように自由な一学生としてこの町を見て回ることはできないであろう。おそらく町そのものは今後も変わらないが、変わるのは自分の立場であろうなどと考えると、妙な焦燥感におそわれ、いっそこのまま時間が止まってくれたらなどと考えてしまう」

僭越ながら、この時の陛下のお気持ちを拝察すると、胸が締め付けられるような思いがする。