現在の酪農はマイナスの価値を生んでいる
農業について国民はどれだけの負担をしているのか、酪農を例にとろう。
生乳生産額は2021年で7861億円である。これは米作の6割にも達する。酪農家戸数は1万3000戸でコメ農家60万戸の45分の1(販売額が小さい小規模なコメ農家まで入れると、おそらく100分の1)に過ぎないことを考えると、個々の酪農経営の生産規模の大きさ(コメの小ささ)がわかる。
所得率(生産額のうちの所得の比率)を1~2割として、酪農全体の所得は800億~1600億円(中央値は1200億円)である。これは、酪農が生み出す付加価値である。
畜産局が一般会計に計上した予算のうち、明らかに酪農向けだけだとわかる予算として、加工原料乳生産者補給金等の酪農経営安定対策406億円、生乳需給対策57億円、チーズ対策53億円、これだけで516億円である(消費拡大対策は除いた)。
他の畜産と共通の予算のうち生産額の比率などから酪農分を推計すると(都道府県の負担分を除いても)約600億円に上る(畜産局の畜産クラスター対策等の非公共事業400億円、草地整備等の公共事業200億円)。これで畜産局が一般会計に計上した予算の合計は約1100億円となる。
この他に、牛肉の関税収入等を活用して農畜産業振興機構(ALIC)が行う事業がある。このうち、畜産物価格関連対策として公表されているものだけで、160億円ほど(酪農ヘルパーなど経営支援46億円、酪農緊急パワーアップ事業65億円等)ある。以上を合計すると約1260億円となる。
これは上の酪農の付加価値に等しい。つまり、酪農は財政(納税者)負担を考慮すると、ほとんど価値を生み出していないことになる。
それだけではない。日本の乳価は欧米の3倍である。つまり、酪農の生産額の3分の2、5240億円は消費者が国際価格に比べて高い価格を負担している部分である。これ以外に、日本の酪農・畜産は国土に大量の糞尿を蓄積しているという環境負荷がある。また、酪農については、牛のゲップによるメタン、糞尿によるメタンと亜酸化窒素、という温暖化ガスを排出しているという環境負荷がある。
総合すると、国民は酪農のために6500億円および数値化されていない環境悪化の負担をしながら、酪農は1200億円の価値しか生み出していないことになる。国民経済学的には、酪農はマイナスの価値しか生まない産業なのだ。酪農生産を止めて牛乳乳製品を輸入した方が国民経済にプラスである。
食料安全保障のためなら市場介入も必要
われわれの経済は市場経済と言われる。基本的には市場が適正な資源配分をしてくれる。
しかし、時々市場では、不都合な財が多く生産され過ぎたり、望ましい財が十分に生産されないなどの場合が生じる。いわゆる“市場の失敗”である。市場では発揮されない効果を、“外部(不)経済効果”という。このときに、政府は市場に介入すべきだというのが、経済学の教えるところだ。望ましい財には、補助を与えて生産を増加させ、望ましくない財には課税して生産を縮小すべきだ。
農水省が農業保護の目的として掲げている外部経済効果が、食料安全保障であり多面的機能だ。これは、コメを念頭に置いて思いついた理由だった。ガット・ウルグアイ・ラウンドで、私も含め日本政府の交渉団は、コメの関税化の特例措置の実現に全力を挙げた。
そのときアメリカ等を説得する理由として使ったのが食料安全保障だった。「食料危機が起きても、国内でコメを生産できれば、飢餓は回避できる、国内生産の維持のためには関税化はできない」という理屈だった。水資源の涵養、洪水の防止、景観の維持などの多面的機能も、コメや水田から考えたものだった。