僕が岸田内閣のやり方に物足りなさを感じるのはこの点です。リスキリングの重要性を説くわりに、「能力が上がらなかった場合」については言葉を濁す。日本の働き方が今後、メンバーシップ型からジョブ型に変化し、能力主義が徹底されるということも明言しない。定年廃止は高齢者の雇用を確保するためばかりではなく、「能力がなければいつでもご退場(解雇)願いますよ」というメッセージとセットなのです。ここを政治は、はっきりと言うべきなのです。

リスクはすべて非正規雇用者に押し付けてきた

能力主義への移行は一見過酷に見えるかもしれません。でも、そもそもここ30年、日本政府と産業界がしてきたのは、「正規雇用者は徹底して守り、リスクはすべて非正規雇用者に押し付けてきた」ことです。かたや“正社員”は入社と同時に約40年保証の「給与+退職金」という安泰チケットを手に入れ、かたや“非正規雇用者”は翌年の安心も保証されず、結婚も子育てもままならない。そんなアンバランスな社会が継続した結果が、現在の超少子高齢化社会です。

今や非正規雇用者は労働人口の約4割に迫ります(女性は5割以上)。正規雇用者への過度な“安泰”を解除し、非正規雇用者に“安心”を付与することで、ようやく社会のバランスは保たれます。理想は正規・非正規・フリーランス問わず、それぞれの立場で能力を磨き、生産性高く仕事をして、安心して生活していける社会です。

追記するならば、日本経済の生産性低下は「人材の流動性」に欠けていることが原因です。最近、アメリカでは大手テック企業が、数千人から1万人レベルの大規模レイオフを発表しましたが、かといって社会全体で失業者が莫大に増えているわけではありません。雇用の流動性が高い社会では、一社を去っても次の会社に席を見つけ、挑戦を繰り返していけるからです。

ただし、アメリカ型能力主義は、日本人の安定志向からするとちょっとハードルが高すぎるかもしれません。日本型能力主義社会には、万が一の場合に備えた「セーフティーネット」の充実が欠かせません。「能力主義」を徹底した結果、スキルアップできない人間は自己責任で職も家も命も失う……、そんなディストピア社会は誰も幸せにしません。

正規雇用者・非正規雇用者・フリーランスであっても、雇用の機会・リスキリングのチャンス、いざというときのセーフティーネットは平等に用意されるべきです。もちろん世代・性別・立場の如何を問わずです。事故や病気、家族の状況で働けなくなっても、社会がしっかり基本的な生活を守る。「万が一の安心」と挑戦はセットです。安心がなければ誰も挑戦しません。

政治に望むのは、今度こそ少子高齢化が進むのを傍観しないことです。なし崩し的に「能力主義」が暴走しないように、セーフティーネットを整えること。そのうえで「人口7000万人時代」でも、年齢に関係なく能力のある人たちは働き続けることができ、明るい社会を実現できるという明確な将来ビジョンを描いてもらいたいです。

(構成=三浦愛美 撮影=的野弘路)
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