タブーを破って安楽死論議を推進
そうしたなかで、マクロン大統領は今年4月3日、安楽死や自殺幇助などを含めた終末医療の在り方に関する法案を今年夏ごろまでにまとめるよう、首相に要請した。
オランダ、スペインなどが安楽死を合法化し、スイスは自殺幇助を認めているが、フランスでは患者の意思を尊重して延命治療を止める「尊厳死」だけが認められていた。
これを拡大する方向で、市民会議で議論してきたが、2日に公表された報告書では、治療が難しい病気に苦しみ、個人の意思が確認できる患者は、薬物投与による「安楽死」や「自殺幇助」を認めることを76%の参加者が賛成した。いまのところ、難病などに限定しての話だが、これからは個人においても、家族においても、そして社会的にも、寿命の長さと余生の生活水準の高さとの選択を迫られていくのではないか。
なにしろ、かつては、平均寿命の延びも頭打ちがあるとかいっていたが、思った以上に延びそうである。米ジョージア州立大学の研究チームは140歳まで生きる人も出てくるだろうという研究を発表した。国の予算には限界があるため、長生きの人が多くなれば、社会保障や生活の質が低下することを受け入れなくてはいけない。
しかも、フランス人のように、年金支給の開始を寿命の延びに応じて遅くするのも嫌なら、悪魔の選択を迫られるしかないという意味でも、今回の騒動は興味深い。今後は、高齢者医療でも、細く長い「中程度」の医療を保証するか、ある年齢までは手厚く、それ以上は最低限にするか、を本人が選択することをある程度認めてもいいのかもしれない。
暴力的なデモを嫌うフランス人も多い
一方、資本逃避など恐れずに、アンチGAFAとか、アンチ国際金融資本との戦いの火蓋を切るとしたら、フランスの動きから何かが始まるという予感もしないわけでない。なにしろ、フランス人には革命を世界に先駆けて起こす伝統があるからだ。
ただし、デモの勢力が今後も拡大するとは限らない。政治的には、マクロン大統領はもちろん、暴力的なデモや市民に迷惑をかけるストに訴える左翼(現在の最大勢力は社会党左派が分離した「不服従のフランス」)も不評だからだ。この法案について、今月14日に開かれる憲法評議会でおそらく合憲判断が出たあたりで収束に向かうのではないかとみられる。
この混乱のなかで、存外に常識的なことをいっている極右マリーヌ・ルペンのRN(国民連合)が支持率を伸ばしている。もし、いま大統領選があれば勝利間違いなしという世論調査も気になるところだ。ちなみに、ルペンとプーチンはもともと友好関係にある。
これまで説明してきたように、今回のフランスの騒動は単に年金受給開始年齢を2歳引き上げる、というだけの問題ではない。世界各国が直面する平均寿命問題に人類はどう対応していくのか、という重要な問いをはらんでいる。日本人にとっても、「遠い国の話」ではなく自分事として、動向を注視する必要があるのだ。