「衝動買い」はしてもいい

また、「雑談」というのも、ビジネスの世界においては無駄といえるかもしれません。しかしながら、商売のヒントや発明のヒントなどは往々にして雑談の中から生まれてくることがある、というのもまた事実です。雑談の多くは、単なる息抜きや頭を休めるためのゆとり時間ではありますが、ビジネス的な発想で考えても、それは新しいものを生み出すためのコストと考えてよいのではないでしょうか。

また、無駄の典型と思われているものに「衝動買い」があります。でも私は衝動買いだって無駄だとは思いません。なぜなら衝動買いはストレスを解消してくれる効果があるからです(これは男性にはあまり理解できないかもしれませんが)。

ショッピングで紙袋をたくさん持っている女性たち
写真=iStock.com/Edwin Tan
※写真はイメージです

そもそも、衝動買いをするのはあまり極端に高価なものではありません。せいぜい数万円までの、いわば自分のお小遣いで買える程度のものです。自動車や家を衝動買いするなどというのは、よほどの資産家でない限りはあり得ないでしょう。だとすれば、その程度の出費でストレス解消できるのであれば安いものです。

また、買ったあとで「失敗した!」と思うこともあるでしょうが、仮にもしそうだったとしても、それは学習効果があったということですから、決して無駄にはなりません。

世の中、何でもかんでも無駄をなくそうとすると、けっこう気持ちが萎縮してしまいます。結局、世の中に無駄なものなど何もないのです。

無意味なものにお金を使ってはいけない

では、世の中に無駄なものなど何もないのであるなら、何でもいいからどんどんお金を使えばいいのでしょうか?

私は無駄なものは世の中に何もないと思いますが、「無意味」なものはたくさんあると思います。無駄なものにお金を使っても、それなりに意味はあると思いますが、無意味なものにお金を使うのはやめた方がよいと思っています。

何だか禅問答みたいになってきましたが(笑)、私が定義する「無駄」と「無意味」は明らかに違います。人から見たら無駄に思えたとしても、自分にとって価値がある、あるいは自分が興味あるということであれば、それは決して無駄なものではありません。ですから無駄と考えてやめてしまう必要はないと思います。

一方、無意味というのは、明らかに重複していたり、自分にはまったく興味がなかったりするものにお金をかけることです。まあ、重複といっても、うっかり歯磨きをダブって買ってしまったとかいう程度であれば、問題はありません。

たとえば私にとって無意味なものの代表は民間の医療保険です。