安心して子供を産み、育てるための避難先

彼女たちの目的のひとつは、ロシアのウクライナ侵攻によって生活が不安定となったロシアの外に生活の拠点を築くことだ。

アルゼンチンで子供を産めば、その両親は弁護士を通じて居住権を申請できる。さらに、2年が経過した時点で裁判官が認めれば、両親にも市民権が与えられる。

ロシア人のジュリア・ズエワさん(34歳)は今年、アルゼンチンで子を産み母親になった。ブルームバーグの取材に対し、「(昨年)11月までは、何も考えていなかったんです」と語っている。「妊娠しているほかの女性たちと知り合いになったとき、みんな『アルゼンチンに飛ぶんだ』と口をそろえていたんです。興味が湧きました」

徴兵制のあるロシアでは、18~27歳の男性に1年間の兵役義務が課される。追加徴兵の恐れもつきまとい、夫にとってもアルゼンチンが有力な逃避先となっている。アレックス・シェミアキンさん(37歳)は、エンジニアの仕事を辞めてまで同国に渡った。

「母国での選択肢は3つでした。国を去るか、黙って徴兵されるか、あるいは戦争反対を訴えて投獄されたうえに結局は戦争に駆り出されるかです」

ロシア人のなかにも、プーチン氏に反感を抱く市民は存在する。25歳女性のマリア・コロワノワさんは、ブエノスアイレスのロシア大使館前で行われた反戦デモに参加した。身ごもったお腹に「F--- Putin」のステッカーを貼って抗議の意志を明らかにした。

ワシントン・ポスト紙によると彼女は、安心して子育てのできないロシアには戻らず、少なくとも数年をアルゼンチンで過ごす予定だという。

2023年2月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレスでインタビューを受けるロシア人のマリア・コロワノワさん。サンクトペテルブルクで英語教師をしていたマリアさんはロシアで出産するつもりだったが、プーチンが部分動員を発表したことで、計画は変更を余儀なくされた
写真=EPA/時事通信フォト
2023年2月27日、アルゼンチン・ブエノスアイレスでインタビューを受けるロシア人のマリア・コロワノワさん。サンクトペテルブルクで英語教師をしていたマリアさんはロシアで出産するつもりだったが、プーチンが部分動員を発表したことで、計画は変更を余儀なくされた

狙いは「アルゼンチン国籍」

アルゼンチンでの長期生活を見据え、仕事の拠点を移した人々もいる。

リモートで母国の仕事をこなす人々のほか、ある写真家は現地でクライアントを見つけるなど、おのおののやり方で収入源を確保しているようだ。

ワシントン・ポスト紙は、すでに2400人ほどのロシア人が居住手続きの申請に動いたと報じている。家族で現地に定住するならば、アルゼンチン側にもメリットはある。激しい物価上昇や膨大な国家債務などの経済不安を抱えており、欧米から渡航していた頭脳労働者の流出が続いていたという。ロシアからの流入でそれを補えるのならば渡りに船だ。

しかし、定住を決めたロシア人は、渡航者全体からみれば少数派に留まる。多くの夫婦たちは子供が生まれるや否や、ロシアへのとんぼ返りを決めているという。

アルゼンチンの入国管理局長は英ガーディアン紙に対し、過去1年間で1万人を超えるロシアの妊婦がアルゼンチンを訪れたと説明している。うち5800人以上が直近3カ月間に訪れており、ペースは急速に高まっている。