多くは妊娠後期に当たる、妊娠33~34週目の女性たちだったという。出産まで1カ月半ほどに迫ったこの時期に合わせて渡航し、現地で子供を生むようタイミングを見計らっているようだ。出産を済ませたロシア女性たちのうち、実に7000人が出産後すぐ、ロシアへと帰国している。

ロシアが北朝鮮のようになることを恐れている

夫婦たちの最大の目的は、生まれてくる子供にロシア以外のパスポートを持たせることにある。ワシントン・ポスト紙は、ロシア人の若い夫婦たちの声を紹介している。子供が成長したとき、ロシア以外で活躍できる機会を残したいという切実な思いがある。

ロシア人男性のアレックス・スレペンコフさん(36歳)は、同紙に対し、母国が「北朝鮮のようになり、世界へ国境を閉ざすのではないかと恐れた」と語っている。昨年9月に第1子の妊娠を知ったスレペンコフさん夫婦は、子供の未来を守るため、ロシア以外での出生を模索した。夫婦は1月、アルゼンチンに渡っている。

アルゼンチンの入国管理局長は英BBCに対し、「私たちのパスポートは、世界中でとても安全です。171カ国にビザなしで入国できます」と説明し、これがロシア夫婦への誘因になっているとの見方を示した。

参考までに、2023年時点で日本のパスポートは、シンガポールと並び、世界で最も信頼があるとされる。ヘンリー・パスポート・インデックスは、世界最多となる193の国と地域にビザなし渡航ができると評価している。

アルゼンチンのパスポートは、ビザなしで170の国と地域へ渡ることができる。世界19番目の多さであり、非常に高い信頼性がある。対するロシアのパスポートは渡航先が119に限られるうえ、今後も減少が見込まれる。就労ビザの申請においても、ロシア国籍は西側諸国の多くで不利に働くことが予見される。

せめて子供には将来、ロシア国籍にとらわれずに生きてほしい。アルゼンチン国籍をねらって来訪するロシア人夫婦には、このようなねらいがあるようだ。

ブエノスアイレス記念時計塔が見える景色
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安く、良質…先進国並みの医療が魅力になっている

このほか、アルゼンチンの先進国並みの医療体制も、ロシアの妊婦たちを引き寄せている。BBCは、同国の高い医療水準が、戦争の影響を逃れたいロシア人にとって魅力的になっているのではないかと論じている。

現地の医療体制について、日本の外務省は、公立病院では医療レベルが限定的だとしながらも、「首都圏の一部の私立総合病院は、医療設備も整っており、欧米先進国と遜色のない医療レベルが期待できます」と評価している。

ロシアでも私立病院を選べば高水準の医療が期待できるが、戦地に医療資源を投入せざるを得ないいま、万全の体制は必ずしも期待できない。