悪循環を断ち切る

この悪循環の環を断ち切ろうという努力の結果、哲学、宗教、神話、文学、芸術など、さまざまな分野で、たくさんの考察が生まれました。

それをざっくりとまとめると、「人は誰でも、感じのいい人に好感をもち、微笑みかけてくれる人に微笑みかえす傾向がある」ということになります。これもまた環になっていますが、こちらは好循環の環です。

わたしたちが「愛情」(あるいは「好意」)と呼んでいる現象は、いろいろな要素が集まって生まれますが、この好循環の環では、そうした要素が人と人との間で働きあい、一方の愛情や好意を糧に、もう一方の愛情や好意が生まれます。

でも、バカはそれとは正反対の現象を引きおこし、わたしたちは敵意のぶつけあいに巻きこまれます。すると、当然ながら、解決方法は、反発しあっている状態を変えることになります。

したがって、この問題の解決策は、すでにいろいろな本などに書かれていることではありますが、シンプルにこちらの方針を変える、ということになるでしょう。

憎しみをぶつけられたら愛情で応え、無礼なふるまいを許し、常にバカとは逆の態度を取って、右の頬を打たれたら左の頬を出す――つまり、人をいらつかせる粗野なバカに微笑みかけるのです。

わたしたちは、バカになりそうになったら、元のちゃんとした人間に戻らなければなりません。そうすれば、相手もまともになるでしょう。そのためには、まず自分が寛大になるしかないのです。

道徳心に火をつける

バカにイライラして、つい忘れそうになった道徳心を取りもどすこと。これを「道徳心に火をつける」と呼んで、みなさんに実践するよう提案したいと思います。

ただ、残念ながら、道徳心に火をつけるのには難しいところがあって、その難しさは、きっと誰もが経験したことがあるでしょう。実際、道徳心に火をつける際には、次のことが必要になります。

① 衝突に向かう全ての力を妨げること(たとえば、バカとこちらの双方が不快な態度を取れば衝突必至です)。
② そのために、原因と結果の筋道を断ち切ること(バカが不快な態度を取るから、こちらも不快な態度を取る、というようなことはやめましょう)。
③ つまり、ことの成り行きが、悪い方向に行かないように流れを止め、良い方向に向けること(バカの不快な態度に対し、こちらは好ましい態度で応じます)。

ところが、こうしたことをするのはとても難しそうですし、そればかりか、不条理にも思えます。

こちらを見下してくるバカに、わたしは味方だよ、とウインクで合図する。こちらが今まで進めてきたことを全部わざとぶち壊すバカに微笑む。それだけでもエネルギーを使うものです。

みなさんにお聞きします。そんな力がどこにありますか? バカを目の前にして、いったいどこからそんな力が湧いてくるのでしょうか? だって、ついさっき、こう定義づけたばかりなのです。

極めてうつりやすいという特徴があるのがバカ、すなわち、こちらが道徳的にふるまう力を減らすのがバカだと。