知名度はあっても仲間外れにされていた

私はコロンビア買収を指示されたとき、盛田さんのこんな話を思い出した。

「わしは五番街に長年住んできたが、政治家や財界人が集まる地元のパーティーには呼ばれたことがない。ソニーはまだ、アメリカでは一流企業と認められていないんだ」

五番街
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ソニー製品は、アメリカ市場ですでに30年の歴史があった。60年に現地法人を設立し、70年に日本企業ではじめてニューヨーク証券取引所に上場した。盛田さんは五番街の高級アパートに住み、アメリカの財界に広い人脈があり、「ソニーのモリタ」は有名人だった。日本のビジネスマンではトップの知名度だったはずだ。

ところが、政財界のパーティーに呼ばれたことがなかった。ニューヨークの財界人は、例えばメトロポリタン美術館を借り切って盛大なパーティーを開く。政財界のVIPが一堂に会する場に盛田さんは呼ばれたことがなかったのだ。つまり、ビジネスの付き合いはあっても、まだ仲間と認められていなかったと言える。

現地のコミュニティーには、経済力だけでは入れてもらえない。アラブの石油王であろうとパーティーに呼ばれないのだ。盛田さんがいくら努力しても、仲間入りはできなかった。

パーティーへの参加は外交術の一環だった

「ただ、ひとつ方法はある。それはハリウッド女優を連れていくことだ」

妻がハリウッド女優なら、パーティーに呼ばれるというのだ。たとえ本人が小者でも、夫婦同伴だからハリウッド女優を連れてくる。目当ては、本人ではなく奥さんなのだ。とはいえ、妻帯者の盛田さんはハリウッド女優と結婚できない。それならば映画会社のオーナーになればいい、ということだ。

「モリタを呼べば、ハリウッド女優を連れてくるぞ」と評判になれば、あちこちのパーティーに呼ばれるという目論見だった。映画会社は、アメリカ社会では特別な存在だ。映画はアメリカ発祥の産業であり、アメリカ文化そのものという誇りがある。自動車や電気製品とは位置づけが違う。だから買収後に、「アメリカの魂を買いやがって」と攻撃されたのだ。

もちろん盛田さんは、ミーハーな気持ちでパーティーに参加したいのでも、仲間外れが嫌だったわけでもない。ソニーをアメリカのインサイダー(身内)にしたかったのだ。また、インサイダーになれば、ソニーはアメリカの人々の反日感情をやわらげることもできる。素晴らしい外交術である。