キャッチコピーは「爆弾娘」

何作か脇役で出演(ただし、その場合も歌を披露している)した後、初の主演映画のチャンスが巡ってくる。1949年公開の『悲しき口笛』である。

物語の舞台は終戦直後の横浜。復員してきた男性(原保美)は、生き別れになった妹・ミツコ(美空ひばり)を探す。一方、妹もまた、兄が作った曲「悲しき口笛」だけを手がかりに、兄を探している。そこに戦災孤児のミツコの面倒を見てくれる女性(津島恵子)も絡んでくるというストーリーである。

有名なのは、当時12歳の美空ひばりが、シルクハットにタキシード姿でブルース調の「悲しき口笛」を歌うシーンだろう。その歌声は子どもとは思えない情感にあふれ、誰しもが感嘆するようなものだった。映画自体、このシーンを盛り上げるためのものだったとさえ言える。

実際、当時の映画ポスターもシルクハットにステッキ、タキシード姿でポーズをとるひばりを前面に押し出したものだ。キャッチコピーには、「爆弾娘登場! 音楽メロドラマ!」の文字が踊る。

美空ひばり
写真=時事通信フォト
1949年、50万枚の大ヒット曲「悲しき口笛」(監督・家城巳代治)を歌う美空ひばり

主役を完全に食った「歌声」

まだテレビの本放送が始まる以前のこの時代、もちろんラジオや公演もあったが、全国の人びとが歌う歌手の姿を見る機会になっていたのはなんといっても映画だった。いわば後のテレビの歌番組の役割を果たしていたのが、こうした歌入りの映画、歌謡映画だった。

美空ひばりのレコードA面デビュー曲となった主題歌「悲しき口笛」は、映画の効果もあり45万枚を売り上げる大ヒット。ひばりの名も、これで一躍全国に知れ渡ることになった。13歳のときの主演映画『東京キッド』(1950年公開)でも、そのパターンは踏襲された。

マリ子(美空ひばり)の暮らす母子家庭に、死んだはずの父親(花菱アチャコ)が突然アメリカから帰ってくる。しかし、マリ子は父親と馴染めない。そのうち、母親も亡くなってしまう。家を飛び出し、以前親切にしてくれた女性(高杉妙子)のもとに身を寄せる。

そして流しの三平(川田晴久)とともに、夜の店で歌を披露し人気者になるマリ子。だがそのため父親に見つかってしまう。家に戻ることを拒むマリ子だったが、やがて誤解が解けて和解。マリ子は父親とともにアメリカに旅立っていく。

エノケンこと榎本健一も出演するこの映画はジャンル的にはコメディであり、笑わせる場面も多い。だが中心は、やはり美空ひばりの歌である。

いま述べたようなストーリー展開のなかで、ひばりはたびたび歌を披露する。そのなかには、「悲しき口笛」のような持ち歌だけでなく、「湯の町エレジー」のような他の歌手のヒット曲もある。

そして今作の主題歌「東京キッド」は、重要な場面でシチュエーションを変えて2度歌われる。「悲しき口笛」からは一転して軽やかで楽しい曲調の同曲も、映画公開に先立ってシングル発売されて大ヒット。美空ひばりの代表曲のひとつになった。