トヨタにしかできない「引っ張る力と発信力」

この部分を聞いて、「経団連の会長になる」と推測記事を出している新聞があった。ただ、経団連の会長になるかならないかはマスコミが決めることではない。自然に決まるとしか言いようがない。それに、日本の産業界、日本全体に寄与するのと経団連の会長になることはイコールではない。

経団連会長はドメスティックな肩書だけれど、「トヨタのトップ」という肩書は世界に通用する。

例えば、トヨタは世界の26カ国に50以上の製造事業体を持ち、従業員を雇用している。関連会社の豊田通商もまた世界中に50の事務所を置いている。総合商社よりも広汎なネットワークを世界に張り巡らせている。

一方、経団連はワシントンに米国事務所があるだけだ。

トヨタの会長の仕事とは日本の産業界を引っ張ることだけれど、同時に世界に対して発信しなければならない。それができる日本企業のトップは現実にはトヨタしかない。経団連の会長になってもならなくても、日本経済界が期待するのは、豊田さんの発信力だろう。

撮影=プレジデント編集部
2016年、ニュルブルクリンクの「TOYOTA GAZOO Racing」のピットに、レーシングスーツを着て現れた豊田章男社長。

ドライバーとして、エンジニアとして

わたしは新会長には面識がある。豊田さんとは社長室でも会ったけれど、それ以外はトヨタ工業学園の卒業式、国内外のサーキット、国内の販売店、国内工場とトヨタの現場ばかりだった。佐藤さんとはどこかサーキットで挨拶したような気がする。

印象的だったのはコロナ禍になる前、ドイツのニュルブルクリンクのレースだ。24時間耐久レースで、豊田さんはドライバー、モリゾウ選手として出走していた。

ニュルブルクリンクの耐久レースは世界でもっとも難しいコースだ。起伏が激しく、上り下りしながら高速でカーブを曲がらなくてはならない。また、公道も使う狭いコースにアマチュアを含めた200台もの車がひしめき合って競走する。クラッシュする車も、もちろんある。さらに、24時間だから照明のない公道を夜間走行しなくてはならない。直線では時速300キロを超えたスピードが出る。

豊田さんはそんな過酷なレースに副社長時代から出ていたのである。会見で、内山田さんが「運転するな」と言ったのも無理はない。