オーナーや若い店員は受け入れてくれたが…

「夜中は外からカギをかけて出られないようにするとか、できないのですか?」
「それは虐待だとされますので難しいところです。利用者の行動については、今後、私どものほうで改善していけるようにしたいと思います」

こんなやりとりを繰り返すうち、雨降って地固まるというか、オーナーも利用者のことをだんだんと受け入れてくれるようになった。ホームの利用者10人分の飲食や日用品のまとめ買いなどもあるから、その貢献も認めてくれたのかもしれない。オーナーの理解は本当にありがたかった。

それ以来、コンビニの店員さんたちの接し方が優しくなっていった。朝、食材が足りなくなって、私がコンビニに走る。

「昨日、深夜にまた来てましたよ」

若い女性店員さんがそう言って教えてくれる。

「ご迷惑なことしませんでしたか?」
「いいえ、雑誌を見たりして長いこといましたけど、大丈夫でした」

雑誌を読む女性
写真=iStock.com/FabrikaCr
※写真はイメージです

若い店員さんたちはみな比較的すんなりと受け入れてくれた。それでも障害者に対する偏見の取れない店員もいた。眼鏡をかけた小柄な、40代と思われる女性だった。われわれが入っていくと、にらみつけるような目つきで行動を監視するのだった。

「こっちはちゃんと見ているんですから!」

ヒコさんは自閉症の特徴である“こだわり”がいくつかある。その一つが“紙フェチ(*7)”だ。

トイレットペーパーの芯やティッシュペーパーの空き箱を集めてびりびり破る。新聞雑誌、チラシなどを集めまくる。自室にはそれらがうずたかく積まれている。コンビニに置いてある無料の情報誌を、がばっとつかんで持って帰る。「そんなにたくさん取ってはダメ」といくら注意しても効果がなかった。置いてある分すべてをホームの自室へ持って帰ってしまうのだった。私は一計を案じた。

「ヒコさん、この雑誌は1人1冊ならただで持っていけるから、職員の分を入れて2冊はもらえるんだよ」こういう言い方をしてみた。「〜はダメ」ではなく、「〜ならOK」と言い換えてみたのだ。すると、ヒコさんはヒコさんなりに納得してくれたらしく、それ以降、2冊にするようになった。

オーナーや若い店員さんたちもヒコさんなりの“配慮”(*8)に納得してくれていた。ある日、ヒコさんを連れてコンビニに行った。ヒコさんの大好きなコーヒーとスポーツ新聞を買う。そのついでにヒコさんは無料の情報誌を2部、手に取った。

すると、あの小柄な女性店員がレジから飛び出してきた。こちらに駆け寄ってきたかと思うと、ヒコさんの手から情報誌を強引にもぎ取った。ヒコさんも唖然としている。

「今は2冊だけ持って帰るようにしていますので、もう前のようにたくさん取ることはないんですよ」

私がそう説明してもまったく耳を貸さず、彼女は憤然とした表情で引ったくった情報誌を棚に戻した。

「ほかの職員さんも来るけど、あんたのときが一番悪いことをしますよ。こっちはちゃんと見ているんですから!」

攻撃の矛先は私に向かった。その様子を若い店員たちが気の毒そうに眺めていた。

(*7)新品のトイレットペーパーが入れられたのを見つけると、ヒコさんはそれをぐるぐるとすべて腕に巻き取ってしまう。仕方なくまた新しいのを入れても、すぐに全部を巻き取る。巻き取ったペーパーは丸められて部屋のゴミ袋の中に放り込まれている。こんなことが繰り返されるので、ホーム側はトイレにトイレットペーパーを設置するのをやめ、「トイレを利用する際はそれぞれがトイレットペーパーを持ち込む」という不便なルールが生まれることになった。
(*8)あるとき、ヒコさんが顔を背けたまま近づいてきて、黙って片腕を伸ばしてくる。「どうしたの?」と言うと、受け取れというふうに腕を動かす。手を出すと紙片を渡された。読んでみると独特の文字で「あした 6じ おきる」とある。「明日、朝の6時に起こしてほしいの?」と聞くと、黙ったままうなずいた。こういうのもヒコさんなりの配慮なのだと思う。