コンビで菓子や飲み物を無銭飲食して騒動に

翌日、日中勤務で出勤してきた下条美由紀さんに昨夜のことを報告した。彼女は40代後半の常勤職員で、2階フロアの責任者である。「お金、どうしたんでしょうね」首をひねる下条さんと二人で、ミッキーさんが仕事に出たあと、部屋を捜索した。ボックス型引き出しの中を見ると、男物の財布がある。

中を見ると1万円札が1枚入っていた。たぶん男性職員の誰かのものだろう。「これはドロボーですよ」。下条さんはそう言って顔色を変えた(*4)。ある夜、ミッキーさんはホームを抜け出し、ホームから200メートルのところにあるコンビニに行った。ここからはコンビニ店員さんの証言である。

コンビニ
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ふらりとコンビニに入ってきたミッキーさんはしばらく店内をうろうろしていたかと思うと、突然、手当たり次第に菓子や飲み物をカゴに入れ始めた。どうするのかと店員さんが見守る中、ミッキーさんはそのままトイレに入った。10分ほどして出てきたときには、トイレ内に菓子や飲料のゴミが散乱していた。カゴに入れたものをすべてトイレ内で飲み食いしてしまったのだ。この日、ミッキーさんはお金を持っていなかった。これでは無銭飲食だ。店員さんが通報し、パトカー3台と、10人ほどの警察官がやってきて、店の周辺は騒然となった。ミッキーさんは事情聴取され、引き取りに行ったホーム長とともにホームに帰ってきた。

警察は当初、この件を「犯罪」として扱おうとした。警察からの連絡を受けたホームは、相談員(*5)やケースワーカーなどと連絡を取り合い、ミッキーさんを守ろうとした。結局、ホームが弁護士を立て、弁護士が警察と交渉した結果、ミッキーさんの立件は見送られた。ホームはミッキーさんの父親にも連絡していたが、返事はなかったという。

(*4)このことはエリア長に報告され、エリア長がミッキーさんに直接、盗みがいけないことを言い聞かせたのだという。そして、それ以来、事務室に出入りする際は必ず施錠する、というルールができた。職員はみな事務室に頻繫に出入りするので不便この上ないことになった。
(*5)正式名称は「相談支援専門員」。社会福祉法人が運営する「相談支援事業所」や授産施設、デイサービスセンターの中に支援事業部があり、そこに属する。現場での3年の実務経験に加え、「相談支援従事者初任者研修」を修了すれば資格が取得できる。更新制で5年ごとに研修あり。障害者の自宅や仕事場、またはホームに出向いて相談に乗る。

フリーマガジンをごっそり持ち帰ったことも

私が勤務する障害者ホーム「ホームももとせ」は東京に隣接した県のP市郊外、ややひなびた場所にある。「ももとせ」とは「百年」という意味だ。

このあたりは住宅の中に小さな工場が交じっていて、まだ畑や空き地も残っている。この町に障害者ホームができるとき、住民のあいだで反対運動があったらしい。そのためホームが設立されたあと町内会にも入れてもらえず、市のごみ収集車が来てくれないために、やむをえず廃棄物処理業者と契約していた。

実際、迷惑をかけることもあるから仕方がない面もあるわけだが、偏見があるのも事実だった。もっとも迷惑をかけていたのは、前述のコンビニである。ミッキーさんによる“無銭飲食事件”の前から、ホームの利用者たちはよくこのコンビニを訪れていた。職員と一緒に買い物をするときもあれば、ひとりで来て店内をふらついただけで出ていくこともあった。フリーマガジンをごっそりと持ち帰ったりしたこともあり、そうした小さなトラブルがあるたびに、「ホームももとせ」のホーム長・西島さんがオーナーのところに謝罪に行っていた。

ミッキーさんの事件後、西島さんが菓子折り(*6)を持ってオーナー宅を訪れ、謝罪したあとで、じっくりと話し合いの機会が持たれた。最初はオーナーも難しい顔をしていたという。

(*6)ホームの設立時に住民からの反発もあった関係で、ホーム長はコンビニオーナーだけではなく、近隣の人たちにもかなり気をつかっていた。盆暮れには近隣住民への付け届けを欠かさなかったし、何かあればすぐに菓子折りを持って事情説明に赴いていた。