2022年12月、文部科学省は「通常学級に在籍する公立小中学生の8.8%に発達障害の可能性がある」という調査結果を発表した。2012年の前回調査から2.3ポイント増え、35人学級では3人ほどの割合になる。これまで筆者は発達障害について特段の興味はなく、“コミュニケーションがうまくとれない人”くらいの認識しかなかった。けれどもあるきっかけから、「発達障害の人が生きる世界」の取材を重ねるようになった。
彼らはなんて厳しく、奥深い世界を生きているんだろう。また社会との乖離にどれほど苦しんで生きてきたのだろう。知れば知るほどその苦悩を伝えたいと思った。そうした認識が広がるほど、才能あふれる発達障害の人たちはもっと生きやすくなる。気付かないだけで、案外すぐそばにいるかもしれない。発達障害の当事者が見る景色・住む世界を、3回にわたってリポートする――。(第1回/全3回)
新しいタイプの学童クラブ「ドーユーラボ ひやごん」の室内の様子。
撮影=笹井恵里子
新しいタイプの学童クラブ「ドーユーラボ ひやごん」の室内の様子。

脳の中に「嫌な記憶の貯蔵庫がある」

林良子さん(45歳)は、幼い頃から「大きな音が怖かった」という。ガヤガヤしている音や、パンッという破裂音がするたびに両耳をふさいだ。

「うるさいというのではなくて、音が聞こえるとドキッとするんです。そしてドキドキドキドキ……が続きます。怖いです。たとえば運動会ではピストルの音が頻繁にするでしょう。子どもの頃は、そのような場でずっと耳に手をあてていて楽しんだ記憶がないんです。どうして他の子は大きな音が怖くないんだろうって思いました」

もう一つ、苦しんだのがフラッシュバックだった。脳の中に「嫌な記憶の貯蔵庫がある」と、良子さんは表現する。

「貯蔵庫には嫌だと感じた思い出が蓄積されていて、そこから頻繁に再現されるんです。映像も音も匂いもそのままに嫌なことが繰り返され、その時に感じた気持ちまでよみがえってくる。すごくしんどかった」

1977年生まれの良子さんの幼少期は、「発達障害」という概念が一般的ではなく、治療法は皆無だった。

息子のあまりの泣きっぷりに、自宅に警察官が来た

音やフラッシュバックに悩み、人の輪に入れないなどの生きづらさを感じながらも、良子さんは高校卒業後、大阪で料理関係の仕事に就職。そこで出会った人と結婚した。そしておよそ10年前、二人は沖縄に移住したという。

なぜ沖縄に? と問うと、「とにかく寒いし、あったかいところ行こうみたいな感じで」と良子さん。縁もゆかりもない地だったんですけどね、と笑う。良子さんの夫は、沖縄の地で新しい就職先を見つけた。

ところが移住した途端、良子さんに妊娠が発覚する。

初めて沖縄で暮らし始めた2012年、しおん君を出産。ここから良子さんの苦悩がさらに深まっていく。

「主人は朝から夜中まで仕事のため、全て一人で育児を背負わなくてはなりませんでした。私は子どもの頃から人の輪に入るのが苦手だったので、新しい土地で友達もいません。さらにしおんは赤ちゃんの頃からすごく泣く子で、癇癪かんしゃくもひどくて。

当時、主人が朝6時に起きて出勤していたのですが、そのちょっとした物音で起きてしまう。そして激しく泣く。あまりの泣きっぷりに近所の人に通報されて、自宅に警察官が来たことも。警察の方は『お母さん一人で頑張っているのわかっているから、気にしないで』と優しく励ましてくれましたが、私自身とてもストレスを感じて。一般的な育児書を読んでも、しおんはその通りにいかないんです。“こうやったらこうなりますよ”というのが全然通用しないんです。育児書は全部捨てました」